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第7話

バシャバシャと、濡れたアスファルトを駆けてくる音がする。 強く斜めに降る雨を弾く傘の姿が、駐車された車の向こうに見えた。その影から姿を現したのは、大柄な男。葉一から連絡を受けた漱介が、迎えに来てくれたのである。 「悪い、遅くなって。母さんに確認してたら、時間かかった」 「いえ、全然」 葉一は小さく頭を振り、吾輩を掲げて見せた。 「それ、やっぱ俺のらしい。…… ありがとう、ホントに」 漱介が受け取ると、葉一は嬉しそうにはにかんで顔を伏せた。 葉一はなぜ、吾輩だとわかったのであろうか。こんな駅前のコンビニエンスストアの傘立てで。先ほど彼が漱介に電話をかけたときには、その理由には言及しなかった。 「誰かに持って行かれなくて、よかったですね」 そう言われ、漱介は「それな」と笑った。 「そこはばあちゃんに感謝」 顔を上げた葉一が、首を傾げる。 「これ、貼ったのばあちゃんだって」 漱介が吾輩のハンドルを指差すと、葉一が小さく吹き出した。 「誰でも(ひる)むだろ?しかもひらがなで」 「おかげで僕は、先輩のだってわかったんですけどね。あと、ここ。このAのとこ少し削れてるのが同じだったから、あ、そうかなって」 葉一の指が、吾輩のロゴに触れた。その手が下がるとき、漱介の手を少し掠め、吾輩がピクリと揺れたことに、葉一は気づかなかったようである。 「もう、帰んの?」 そう聞きながら、葉一が触れたロゴをさりげなく撫でる漱介は相変わらずの変態ぶりである。 「そうですね」 降り続く雨を見上げ、葉一が自前の傘を開く。開いた傘布の分だけ離れ、二人は並んで歩き始めた。 いつか、彼らが相合傘などできる日は来るのであろうか。吾輩はぼんやりと、その日を夢想した。 「…… ったくおめえはよぅ、フラフラ出歩いて迷子んなってんじゃねぇよ」 二人の会話を見守るように黙っていた格子丸が、おもむろに憎まれ口を叩く。 思えば、彼が傘布を開いた姿を見るのは初めてのことである。張り出したその傘布は大きく、男らしい。その懐中に守られることが、これほど暖かく心休まるものとは知らなかった。 「格子丸…… ありがとう」 「はぁっ!?俺じゃねぇし!!迎えに来たのは漱介だっつーの!」 「嬉しいのだ…… 礼くらい言わせてくれ…… 」 「んだよアポ、俺が入れてやってんのに、勝手に濡れてんじゃねぇよ」 格子丸の低い声が、吾輩の中芯(シャフト)に響く。 吾輩は自分から滴るものが何なのか、よくわからなかった。 狭い歩道にさしかかり、漱介と葉一は、一列になって歩いてゆく。暗いショーウィンドウに、漱介の腕にかけられた自分の姿が映っていた。 それを見た吾輩は、すべての謎がとけた気がした。 吾輩のハンドルには、漱介の苗字である「下呂(げろ)」が、ラベルテープで貼り付けてあったのである。 しかも、ひらがなで。 なるほど。 いやなかなか、あっぱれな婆さんではないか。 情けないやら、恥ずかしいやら。 それでも、吾輩が誰にも持ち去られず、格子丸と共に漱介の家に戻れるのは、間違いなくこのテープのお陰である。吾輩は素直に、老婦人に感謝を捧げた。 嗚呼、ありがたい、ありがたい。 【了】

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