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第1話
少女漫画が好きな姉の影響で、僕は運命という存在の種を植え付けられた。
中学生で初めて行われたバース判定で自分がΩだと判明した時、少しのショックと、どこかで湧き上がる喜びを感じた。
自分には、運命のαがいるのだ。
絶対的に自分を受け入れてくれる存在。
どんな人なのだろうか。
もちろん、この世界は何億という人間がいて、そこから自分の運命の番を見つけられる確率はとても低く、奇跡だということを知っている。
だけど僕は漠然と信じていた。
僕は絶対に、運命の番に会えるのだと。
努力は惜しまなかった。
運命を探す。どこか違和感のある言葉ではあるが仕方がない。
まず学力をつけた。あらゆる語学を学んでいた。
身だしなみも気をつけている。
時折のヒートにだって頑張って耐えながら、いつか会える運命のために。
「よぉ、運命探しは順調か?」
自室でネットで語学講座を学んでいると、突然現れた幼馴染が入ってきた。
一時停止して振り返ると、幼馴染はベッドに寝そべり自分の部屋のようにくつろぎだした。
「いまは準備段階だ。ロシア人だった場合の事を考えてロシア語を学んでいる」
「お前、努力家だよなー。あの大学のA判定もらったって聞いたぞ」
その言葉に、僕はふふん、と胸を張り鼻を高くする。
「あったりまえだろー」
「Ωなのによくやるよ」
「……それ差別発言だから外で言うなよ。お前、αなんだから」
「言わねぇよ」
そう、僕たちはαとΩという珍しい組み合わせの幼馴染なのだ。
「ちなみに、俺もそこ行くから、よろしくな」
「まぁ予想はしてたけどな。お前αだし」
「努力はそれなりにしてるぞ」
「知ってる」
αだからって何もしなければただ潜在能力の有るだけの存在なのだ。
「前から聞きたかったんだけど、お前って随分と自分の相手について理想が高いみたいだけど、お前の運命の相手がクズのαだったらどうするんだ?」
「その可能性には、ちゃんと気づいてるよ」
鋭い指摘に僕は唇を尖らせる。
「確かに相手がクズかもしれないけど、それがいま僕が努力しない理由にはならないだろ?相手がクズでも俺が高学歴で養ってやれば問題ないしな!」
「お前って、ほんと男前だよな」
幼馴染の褒め言葉に、僕はますます機嫌がよくなる。
「とりあえずは一流大学に入ってその辺りで探しながら、Ωでもちゃんと制度を作ってる一流会社か国家公務員になる。あ、海外派遣での出会いもいいけど、旅行で出会うってのも運命的だよなぁ」
運命プランをうっとりと考えていると、幼馴染はげっそりとした表情になっていた。
小さい頃から僕のこの運命プランを何度も何度も聞いている彼にとってはどうでもいい戯言だろうが、僕にとっては人生なのだ。
椅子から立ち上がり、幼馴染の上に乗る。
「重い……」
「何言ってんだ、鍛えてるなら、僕なんて羽のように軽いだろ」
一回り大きな体格の幼馴染を肉布団にして寝そべると、人の暖かさがじんわりと伝わってきて、とくんとくんと心臓の音が微かに響く。
「なんだよ、珍しく甘えてきて……ヒートか?」
「違う。ちょっと休憩したいだけだ。お前んとこの家の匂いって安心するし」
小さい頃から家同士の付き合いで、彼の家の匂いはすっかり自分の家のように安らぐのだ。
「素直じゃねぇなぁ」
「そうだなぁ……二十九歳になっても運命の番が現れなかったら、俺の番になってやるよ」
「えー、なんだよその近場で済ませたい感じ。お前は運命を信じないのかよ」
「お前より現実的なだけだっつーの」
下から幼馴染の手が伸びて僕の腰を掴み、ぐるりと身体をベッドへと沈められた。
目の前には見慣れた幼馴染の顔が広がる。
「で、どうだ?」
正直、幼馴染という贔屓目を外しても彼はとても優秀で、かっこいい。
βからも、Ωからも欲情した目で見られていることを知っている。
高校も僕が必死で勉強して入った一流高校にするりと一緒に入った。
αだからってΩである僕を虐げることも見下すこともなく同じ人間として扱ってくれる。
「あー……そうだな……つか、お前が先に番見つけそうだよな」
「それは多分無いな。俺、理想高いから」
初耳だった。
ふわりと香る、甘い匂い。
α特有のフェロモンに一瞬意識がくらりと白んだ。
「ほら、答えろよ」
耳元で囁かれる強引な言葉なのに優しい声色。
ぞくりと背中が甘く痺れる。
幼馴染とこんなむず痒い雰囲気になったのは、初めてで動揺してしまう。
「な……なん、で、にじゅ、きゅ、歳なんだよ……」
「二十五歳って言ったらお前絶対嫌がるだろ」
確かに、大学を卒業して働き出して落ち着いた頃になる。
運命の相手を探すんだと意気込んでいるはずだ……まだ見つかっていないなら。
「ま、保険だと思えよ。お前に運命の相手が見つかったら、ちゃんと祝福してやるから」
安心させるように、目尻を下げて幼馴染は笑い、僕のうなじをねっとりと舐め上げた。
それから十年後。
明日、僕は二十九歳になる。
帰宅途中、幼馴染が待ち伏せをしていた。
「保険が下りる時が来たようだな」
「……」
もしかしたら忘れているかもしれないと思っていたが、半年ほど前に、一足先に二十九歳になった幼馴染はにやりと笑った。
同じ大学を卒業し、同じ一流商社に就職した幼馴染は、大人になったαの魅力を全開だ。
あれから、沢山努力をしたし、出来るだけいろんな場所に出かけた。
お金をためて様々な国にも行った。
だがどこにも、僕の運命の番は現れなかった。
「……やっぱ、漫画みたいにはいかないもんだな」
諦めきって、降参とばかりに、僕は向かい合う幼馴染に両手を挙げる。
近づいてくる幼馴染の甘い匂いが濃くなっていく。
「そうか?なら、お前に嬉しい誤算を教えてやるよ」
「誤算?」
「劇的な運命の出会いがなかったのは、残念だったと思う」
目の前に立った幼馴染を見上げると、彼はにやりと口端を上げて笑っている。
「なぁ、運命の番ってどうやったらわかるか、知ってるか?」
「……知ってるよ」
当然だと、彼を睨む。
運命の番。
それはたった一人にだけ向けられる甘いフェロモンを発すること。
「お前、よく俺の匂いがいい匂いって言ってただろ?」
「小さい頃から馴染みの匂いだから……」
「Ωはな、自分と番以外の匂いは絶対的な違和感を覚えるんだ。いくら昔から馴染みの匂いであろうとな」
「は?」
突然、何を言い出すのだろう。
違和感など、一度も感じたことなど無い。
「覚えてるか?十年後に番になるかって約束した時、俺、お前の首筋舐めたよな?」
「そんなの、覚えてないよ」
幼馴染は、一体何を言い出そうと言うのだろうか。
「Ωのうなじってのは言わば急所だ。噛まれるってことは、一生そいつに縛られる」
「馬鹿にしてる?僕はΩなんだから、それくらい常識だよ。普段隠してるの、知ってるだろ」
「ヒートの時以外でαにうなじを見せるなんて事は、普通はしない。Ωは無意識にαがいる時は隠すもんだし近づいたら防衛本能が働く」
「……それは、お前は、昔からの幼馴染で……無意識に緩んでいたのだろ」
「それだったら、お前の本能はぶっ壊れてるってことだ」
幼馴染の大きな手がゆっくりと僕の首に添えられる。
「こうされて、普通のΩなら、本能で飛び退いている筈だ……どれだけ仲が良くても」
太い幼馴染の指腹が、優しく首を撫で上げる。
ぞくりと背中が震える。
それは畏怖ではなく、身体の奥から湧き上がる痺れる快楽の喜び。
じわじわと身体が火照っていく。
ヒートが、始まったのだと気づいた。
眼の前にいる、αに誘導されて。
「……っ……」
息が詰まって上手く呼吸が出来ない。
額に汗が滲み、涙が溢れて、頬に零れた。
「ここまで言えば、賢いお前なら、わかるだろ」
囚われてしまった。
本能が、そう悟った。
「お前が、運命の番のために必死に努力して頑張っている姿は、本当に愛おしかったよ」
「お前のためじゃなかったのに……ッ……意地が悪い……本当に……」
僕の精一杯の抵抗の言葉すら、甘い誘惑になっているのだろう。
彼の目が、欲情の色を濃くしている。
こいつのこんな表情、初めて見た。
僕の首筋に、彼の顔が近づく。
防衛本能など、働くことはなく、むしろ早く噛んでほしいとさえ、心の奥で叫んでいる自分が、心底情けなかった。
「二人分のヒート休暇はとってある。安心して子作りしような」
「ぐ、ぁ……ぁ……ッ」
欲情の言葉と鈍い痛みに、僕は歓喜の嗚咽を零した。
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