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第40話

 それから程なくして、遼二と紫月の新居への引っ越しの日がやってきた。  ホストとしての紫月の引退イベントの日も決まり、新たな門出に向けて着々と準備が進められていく。引っ越し当日は朝から晴天で、氷川と冰は勿論のこと、側近の李らも手伝って賑わいを見せていた。まあ、家具などは全て備え付けなわけだから、荷物自体はそう多くはないものの、やはりこうした門出に携わりたい気持ちは皆一様といったところなのだ。  一通り私物の運び入れも済んだ頃にちょうど正午を迎え、皆でランチを囲み、和気藹々と過ごした。と、そこへ長身の二人の男が肩を並べてやって来た。遼二と紫月の父親たちである。 「(イェン)、ウチの坊主共が世話になるな」  氷川の姿を見るなり、そう声を掛けたのは遼二の父親である鐘崎僚一だった。彼からすれば、氷川は香港の周ファミリーの倅というイメージが強いのだろう。日本名の氷川白夜ではなく、ファミリーネームである『周焔(ジォウイェン)』の方で呼ぶのが自然のようだ。 「僚一! 飛燕! 来てくれたのか!」氷川は嬉しそうに瞳を輝かせながら、食後のティータイム中だったテーブルから立ち上がった。 「今、昼飯を摂っていたところなんだ。遼二と紫月はちょうど化粧室に立ったところだ」 「なんだ、そうなのか」 「すぐに戻って来るさ。それより、軽食だが一緒にどうだ?」  すぐさま椅子を勧め、給仕に言ってとりあえずは茶を運ばせる。 「いや――、何も手伝わねえでメシだけ相伴(しょうばん)(あずか)るんじゃ申し訳ねえ。それに、俺たちはこれから香港なんだ。夕方の飛行機で発つから、そうのんびりもしてられなくて悪いんだが、一目お前さんの顔を見てから行こうと思ってな」  遼二の父親は、有り難く出された茶に口を付けながらそう言って笑った。 「香港? ――ってことは、また親父か兄貴が何か煩わせるってわけか?」 「いや――、今回は仕事絡みじゃなくてな。たまにはゆっくり休暇でもどうだって、お前さんのお父上からお誘いを受けたってわけだ」 「親父が――?」  氷川は珍しげに瞳を見開きながらも、だがあの父親のことだ。どうせ”休暇だけ”ではないのだろうと想像を膨らませながら、微苦笑してしまった。  そこへ化粧室に行っていた遼二と紫月が揃って戻って来た。 「親父――!」 「どうしたんだ? 来るなんて聞いてなかったのに。つか、もう荷物運び終わっちゃったぜ……」  二人揃って驚き顔だ。特に紫月の方は、手伝いにやって来たにしては遅過ぎだと少々スネたように口を尖らせてみせる。そんな様子に氷川が楽しげな笑い声を上げた。

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