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第5話・散歩
苺大福をアシルの掌に乗せてやると、数秒それを見て固まっている。
何となく不満そうだ。
「…小さいな」
「文句があるなら食うな!」
「本当の事を言ったまでだ。 それに何だ、あの不貞腐れた人間は」
「夜勤務のコンビニ店員って大変なんだよ。 疲れてたんじゃないの」
「水景は優しいな。 庇っているのか」
「そんなんじゃ…」
「うん、味はまぁまぁだ。 苺は酸いが」
「だから文句があるなら…!」
不服そうに手にした苺大福を一口で頬張ったアシルが、眉を顰めて「酸い」ともう一度不満を口にした。
アシルはばあちゃんの知り合いなんだろうけど、俺の知り合いではない。
状況説明を後回しにしてやったのにと思うと腹が立って憤ると、唇にアシルの冷たい指先が触れた。
「いちいち大声を出さなくていい。 私とならば声を発さずとも会話が出来る。 要らぬ体力を使うな」
「アシルがここに居る時点でクタクタのヘトヘトなんだけど…」
俺の戸惑いを一切シカトしやがって。
マネキン人形みたいに整った横顔がもぐもぐしている姿を見ると、疲労感がさらに増す。
「婆さんから何か聞かなかったか」
「ばあちゃん…?」
アパートのすぐそばにある小さな公園の敷地内に足を踏み入れたアシルが、ふいに振り返ってきた。
「空に立ち昇る龍を見付けたら生涯幸福になる、とか何とか」
「うん。 聞いた。 俺三回も目撃してる」
「目撃し過ぎだ。 私は今日この日に姿を現すつもりでいたのだ。 それなのに水景には何度も見付かった。 …つくづく縁がある」
「……さっきからアシルが龍目線で喋ってんだけど」
「龍だからな」
「も〜っ訳が分かんねぇ!」
頼むからあとで「ドッキリでしたー!」って言ってくれよ。
だって信じられるはずないだろ?
ちょっと見た目は神々し過ぎるけど、人間としてアシルは俺の目の前に立ってんだから。
「水景が私の求婚を受け入れてくれれば、すぐにでも証拠を見せられる。 嫁が居ないと擬態化の手続きが面倒なのだよ…独身男は信用がないと言われてな」
「…求婚? 擬態化? 色んな情報ぶち込まれ過ぎて頭がパンク寸前」
「ともかく私は水景を迎えに来た。 両親との約束も果たしたいが、水景は何とも麗しく育っているのでぜひとも手篭めにしたい」
「言葉が悪い! しかも俺男だから!」
「構うか。 足首に私の嫁である証が刻まれれば、水景が望めば数年かけて両性具有になれる。 心配はいらない」
「心配はしてない! …てか、え…待って…俺の親と何か約束してんの…?」
アシルはばあちゃんだけじゃなく、両親とも知り合いだったのか?
産まれてすぐに事故で死んでしまって、俺は二人の姿を写真でしか見た事がない。
声さえ聞けないまま二人揃ってあの世へ行ってしまった両親の事が聞けるなら、俺はこの茶番にいくらでも付き合う。
「場所を移動したい。 皆守 神社へ連れて行け」
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