1 / 1
おカネの関係やめました!
俺の名前は松見遼(まつみとおる)
今はマトモに就職して、一応はマトモな生活をしていると自負している。
『今は』というのは、学生時代はあまりマトモではなかったからだ。
男女問わず金をもらっては性行為を行っていた。年上の女性や男性相手がお客さんで、突っ込まれるのは嫌だったので常に相手は女性側を選んでいた。
そんな風にしてお金を稼いでいた俺も成人し、早いもので社会人。
今日は休日で、一人暮らしの俺はベッドに転がりながらスマホの画面を見つめていた。
ふとアドレス帳を見れば、懐かしい名前が並んでいる。
もう会うこともないかもしれない。けれど何故か消せずにいる名前がある。
学校を卒業すると同時に「そういうこと」を辞めた。
恋愛が絡んでいるわけでもなし、ただのお金と身体の関係。すぐに手放せる関係だったのだから。
けれどこうして一人でいる時、今は何をしているのかなんて気になる。
そうして俺は少し考えてから「覚えてる?」とだけ短いメッセージを送ったのだ。
樋山慎一郎(ひやましんいちろう)
彼は確か、今は38歳のサラリーマン…。
顔はいかにもな悪役面。高そうなシルバーフレームの眼鏡をかけて上から目線の嫌みな男。
よくしていたのはシチュエーションプレイだった。俺は大方「弱みを握る悪役」ばかり。
なんだよ見た目に反して嬲られるのが好きな変態か~?なんて思っていたが突然「おまえの全部を金で買いたい」なんて言ってくるサド?な面もあってよく分からない男でもあった。
樋山にメッセージを送ると、数分後には返事がきた。
『誰だ、この薄情即折れ万年発情期』
すぐに返事が来たことと、この口汚さに思わず笑ってしまった。
なんだ、覚えてるんじゃん…と嬉しさが口元を緩ませる。
ただの身体の関係、でも話したり、一緒に食事をとったりするのはとても楽しかった。
『覚えてんじゃん』
『なんだ、突然。金がなくなったのか』
『今、社会人なんですけど』
『似合わないぞ、おまえが社会人なんて』
『失礼すぎる。おじさん今何してんの』
『課長だクソガキ』
ーすごい。
何の建前もなく、ただそう思った。真面目ないで立ちと同じく、頭も仕事も優秀らしかった。
『今からか?』
『なにが』
『今から、会うのか。ホテルは俺がとる』
―待て待て、割と積極的だな?
離れたのは数年前、なのに何の抵抗もないのか。
彼にとっては金を使って遊んでいた子供のひとり…のはずだ。結婚とか、そういうのだってしているかもしれない。あまり想像はしたくないけれど。
『いいの?』
『おまえ、相手はいるのか』
『こいびとのこと?』
『バーーーーーーカ』
―子供かよ。
なんて言葉で返してくるんだこの男。
とりあえず『いません』とだけ返して、何だかんだ会う時間を決めて家を出た。
こんな気まぐれな連絡にもすぐに返してくれるなんて律儀な男だ。けれど、不安の方が多かった。
きっと過去のことは彼にとっていわゆる黒歴史だと思うし、金返せとかなんとか言われるんじゃないか。そういわれたら返すしかない。
言われたホテルに入ると、記憶の通りの樋山が隅にいた。
「……あの」
「……おまえ、遼か」
「ん、まあ…マトモでしょ」
「ハハ、似合わん似合わん、…入ろう」
肩をトンと叩かれ、一緒にホテルの部屋に入る。まさかこんなとんとん拍子にことが進むとは思わず内心は驚いていたりする。
それに、もう俺は援助なんてやる気はない。
樋山はベッドに腰かけ、高そうな財布を開けて札を何枚も出している。
俺は隣に座り、表情を窺うようにした。
「あのさ、それ何やってんの」
「……金だが。いくら欲しい?」
「待て待て、…俺はもうオトナ!そういうのはしないの」
「…なんだそれは。本当に辞めたのか?」
「やめたって言ってんだろ。若気の至りですよオジサン!」
「……いくらでもやるのに、ちゃんと下ろしてきたぞ」
財布の中身を見せられ、末恐ろしくなる。確かに俺がやってきたのはそういうことだったけれど…。
どことなく不満そうな樋山はそのままグッと顔を近づけてきた。
「じゃあ久しぶりに連絡してきて何なんだ。…ここまで来たんだから何もナシでは帰さないが」
「……な、なんか久しぶりだなあって思って…連絡…したんだけど」
そこまで言うと、思い切り頭突きをされた。
額を抑えて悶えていると、樋山は数枚の札を俺のポケットにねじ込んできた。
「久しぶりにお前から連絡が来て、抱かれると思わない方がおかしい。…それとも、もう男には勃たないか?操でも立てている相手がいるか?」
「い、いやいやいや…!そんなんじゃないけど、それならあんただって…」
「未婚だクソガキ」
ガチャ、と音を立てて俺のベルトを外していく。久しぶりの感覚に思わず喉が鳴った。
あれから本当にしていないし、男相手は一回もしていない。ましてや恋人なんていない。
「また若い子としてんの」
「おまえに似てる子とならなァ、…でもネコばかりでうんざりだ。俺は男に入れられない」
「…変なこと言うな」
「変なこと?意味が分からん。…それにしても、いい具合に育ったな。フ、社会を知らないクソガキって感じで……」
そう言いながら、ジッパーを下ろし下着越しに俺のを撫でてくる。
「…ああ、本当に久しぶりだな…口でしてやる。勃つよな?」
「し、しらね…」
以前の時とは全然違う。なんだか尻込みしてしまっていた。
言われるままにベッドに横たわると、さっそくと言わんばかりに樋山は俺のを舌で根元から舐め上げる。
「ンッ、あ…」
思わず声が漏れると樋山は小さく笑ってそのまま俺のを口に入れた。樋山の口内は生暖かくて、ぬるぬるですぐに勃ち上がった。
「樋山さん、サービス良すぎ…もうガチガチだよ、おれの」
「ん、んん…あたりまえ、ら」
はは、とフェラをしながら心なしかドヤ顔でそう言ってくる。
偉そうなのに、いや実際は偉いのに、何だか可愛いらしく思うときがある。それは今もだった。
「…ッ、もういいよ、でちゃうから」
「ん?…そうか、出すなら尻にしろ」
すっかり勃ちあがった俺のを口から離せば、ちゅ…と口づけてきた。どきりとする。
「…ああ、俺も勃ってきた」
「舐めてただけじゃん」
言いながら樋山も自分のスラックスをずり下ろす。本当に勃起している。
「上も脱がしていい?」
「えっ?あ、ああ…」
上も脱がして、俺は改めて樋山の身体を見る。以前と変わらず引き締まっていた。
「いい体してるよな、オジサンなのに」
「オジサン言うな。…だらしない体じゃ萎えるだろ、ただでさえ…オジサンなんだからな」
「気にしてんの?ごめんって」
俺は小さく笑って樋山の胸に唇を寄せた。
「ン…くすぐったいぞ…」
「本当に最後まで、していいの」
「ふ…、ん?なんだ、生娘として扱ってくれるのか?」
冗談ぽく笑われたが、俺は表情を変えずに見つめ返すだけ。
「そういうんじゃなくて、だって…なんか」
「なんだ、気掛かりでもあるか?まあ…あるのはどちらかと言うと俺の方だと思うがな」
「はあ?」
「…俺は何も変わらん。性欲の相手は男で、金を引っかけて抱かせる。節操のない、惨めな男だ」
「俺、そういう風に言うのやめろって前に言ったじゃん」
「事実を言っているだけなのに。お前、金もらってやってるくせにちょいと純情なところあるよなあ」
小ばかにしたような笑みに思わずむっとした。
俺は上半身をベッドから起こして、俺が背を預けていたその場所を指さした。
「交代。オジサン、下な」
「なんだ、短気は変わらんな。酷くしていいぞ」
「しねーよ、おじいちゃん」
「その呼び方はやめろ」
樋山はベッドに仰向けになり、俺を見上げた。
本当に久しぶりだ。この感じ。何十年も経っているわけじゃないのに、なんだか不思議な感覚だった。
初めてなんかじゃないのに、どきどきする。
俺はそのまま覆いかぶさり、両脚の間に身体を入れる。
「解した方が良いよな?」
「いや、もうしてきたから突っ込んで大丈夫だぞ」
「…してきたって、な、なに」
「準備の話だろう?…は、まさか他の男と寝たあとにきたと思ったのか?」
「い、いや、そうじゃないけど」
図星だった。もしそうだったら、何だか抱けない気がした。
あのときは正直、特に初めてした時は相手が今まで何をしてきたとかどうでも良かった。
でも今は違う。さすがに少しは成長したのか?
「言っただろう?みんなネコだって、最後まで出来る相手がいないんだ」
「うそつけ。金出せばいくらでもいるだろ」
言いながらベッドテーブルにあるローションをちらりと見る。少し考えてから再び樋山を見上げた。
「ん、ローションか?…待て、今とるよ」
少し体を浮かせた樋山の太股を軽く叩いて制止させ、俺は樋山の後孔に舌を這わせた。
「ンンッ?!」
さすがに驚いたのかぎょっとしたように俺を見ている。
「…ちゃんと解れてるか、俺が、確かめてあげる」
「は…ンッ、ん…した、したがッ」
「奥まで確かめちゃおうかなあ…ね、んっ」
舌先を奥までねじ込むと、分かりやすいくらいに樋山の肩が跳ねた。
「んッ、あ…遼の、したが、おれの、なかッ、ああッ♡」
唾液を纏わせながらびちゃびちゃとわざとらしく音を立てる。
「あ、ああ…ぬるぬる気持ちいい…だが、ッあ…♡」
「もどかしい?」
「う、ああ…ん、もう、ん…♡」
俺は後孔から口を離し、するりと指先で一撫でした。
「ヒンッ」
「はは、変なこえ」
そのまま勃ちあがったそれをひくついているそこにあてがう。
「もう入れちゃうね」
「ん、…早くしろ」
すっかり火照った顔でそう返してくる。余裕なんだかそうじゃないんだか分からない。
ずぷ、とゆっくり挿入していくと樋山は「アア~~~♡」と言いながら背をのけ反らせた。
「お、あッ…ア、はい、はいった、か」
「痛かった?」
「痛くない!…おまえの、おあッ」
「根元までずっぷり入ってる、ちょっと狭い?」
「あぐ、あ…根元まで…ああ、本当だ…」
ちらりと繋がったそこを見て口元を緩めていた。
「動いちゃうよ?いい?」
「ン、ああ…早くしろ」
俺は久しぶりなこともあってすぐに腰を動かし始めた。
「あ♡き、きもち、お、おぐッ♡」
無意識か樋山がベッドのシーツを掴んでいる。俺は「手」と小さく声をかけてそのままベッドの上に押し付けるようにして手をつないだ。
「あッ、ンンッ、そこッ、そこすきッ、イッ♡んお…ッ」
「気持ちいい?」
「気持ちいい…!すき、す、すき…!あッ、んあッ♡」
「本当に、してなかった?…ちょっと狭い気がする」
「お、あッ♡し、してないッ…おまえ、おまえが、」
「俺?」
「おまえに、にてるの、だいたいッ、ネコなんだよ…!あ…♡なんでデカくなって、おおッ♡」
単に好みの話だ。なのにどうして、今「ぎゅんっ」としたんだろう。きゅん、じゃなかった。
「ひ、ァッ、おまえの、奥まで届いてきもちいい…♡あ、ア…♡」
「俺も、きもちいーよ」
「本当かァ…?♡ふふ、は…若いお前ので思い切り突かれて、おまえのザーメンも、おれの中に…♡おまえは、おれに種付けしちゃうんだぞ?」
「変態みたいなこと、言うなっての!」
ばちゅん、と思い切り突くとガチガチに勃起している樋山のからビュ、と噴き出した。
「軽くイッたの?」
「ああ…!ん、お、おお…♡」
「俺ので掻き回されて、イキそうなんだ?樋山さん、かわいいの」
「や、やめろッ…へんなこというなっ、あ、おんッ♡」
「このまま俺ので掻き回して、奥にどろどろのザーメン出しちゃうんだよ?いいの?」
「いいッ!出して、出してくれっ、おまえの生ザーメン欲しいッ、ンンッ♡」
良いところにあたるように突いてやると、涎を垂らしながらうんうん唸っている。
「あ、アア~~♡そこ、そこばっかり♡お、ああッ、い、イ、イく…♡中イキ、遼ので中、イキッ♡あ、で、出るッ、んおッあ…!」
びゅるびゅると精を腹の上に吐き出した。
俺は樋山さんの頬に口づけてから、自分もラストスパートをかけるように腰を激しく打ち付けた。
「あ♡あああッ♡そ、そんなすぐにッ♡おか、おかしく、んおおッ!」
「あっ、は…いやだ?やめちゃう?奥に種付けやめちゃうの?」
「やめ、やめないいいッ!♡あ、ハ、なか、中出しッ♡だめだ、おあッ、遼…出る、で、でちゃ…♡」
「何回イッてもいいよ、樋山さんかわいいの」
「ばかがァ…♡ん、おおおッ、イクッ、出る、また、ほんとに、おぐッ、う、おおお…♡とおるうゥゥ~~ッ♡」
宣言通りに最奥でザーメンを吐き出すと、びくびくと身体を震わせながら透明な液体を吐き出した。
「…んん、…あ♡樋山さん、お潮吹いちゃったの…?か、かわいい…」
「あ…は、ァ…♡遼の、ザーメン…♡」
いまだ繋がってるそこを見て微かに笑む樋山さんにぞくりとまた欲が立ち上がりそうになる。
ゆっくりと引き抜くと「あ♡」とまた色のついた声があがった。
「…樋山さん、…ちゅーしていい?」
「え?」
返事を聞かないまま、唇を押し付けてそのまま舌をねじ込む。
最初は驚いていたが、流されたのか受け入れてくれた。
「はあ…、…おまえ、キスは嫌とか、そういう、タイプかと…」
「嫌だけど、…今は、したかったから」
そう言うと、樋山さんは目を細めて俺を抱きしめてきた。
「ああ…すごく、良かったぞ…。…時間は、平気か…?」
「明日は休み。…泊まっちゃうでしょ?」
「ん、…お前が、いるなら…」
「こんな時間に帰るの嫌だよ。…あのさ、俺、一人暮らしだし、彼氏も彼女もいないし、……何にも気にすることないよ」
「気にしているように見えたか?」
「…どうだろ」
「ふふ、…おまえは、若いからな。…昔の遊び相手に会うのはあまりいい気分じゃないだろうと思ってな」
そう言いながら体を離し、樋山さんは俺の手のひらにキスを落とされた。
「せっかく切れかかっていたのに、お前が電話をかけてきたのが悪い。だからこれから未来ある若者の、イキの良いザーメンをオジサンに捧げてしまうことになるんだ」
「へ、変な言い方すんな」
「…金なら用意してやれる。大丈夫だ」
「だ、だから!本当に金が欲しいわけじゃないの!」
「…若者の安月給じゃ足らんだろう」
「若者なめんな!生きてはいけるぞ!」
「はは、そうか」
冗談ぽく笑う。俺が言っても信用されない。そりゃそうだ。
俺は先ほどポケットに入れられた札を引き抜いて渡した。
「…本当の、本当に、いらない」
「……独り身なんだ、使い道がない」
「りょ、旅行…とか」
「興味ない」
「車とか…」
「乗れれば何でも」
引き下がる彼に思わず眉を寄せた。この男の中で、俺はあの時と何も変わっていないんだろう。
「俺、ちゃんと就職して、一人暮らししてる。あの時とは違う」
「マトモになってしまって残念だ」
「なんでだよ!」
「…金で、ついてきてくれなくなる」
「……あのさ、」
「久しぶりにしてくれてありがとう。死ぬほど良かった」
樋山はベッドから立ち上がり、シャワー室へ行こうとしていた。
俺は腕を無遠慮に掴んだ。
「あんたは、…抱かれれば誰でも良いんだろ」
「……どうした、いきなり、何だか聞いたことあるような」
「俺は、大人になった。金とかじゃなくて、そんなんじゃくて…」
そうだ。俺は、金なんて本当にいらなかった。
出会いはそうだったけれど、一緒にいる時間も楽しくて、時間が経ってもそう思える。
だからもう一度、縁を繋げたくて連絡をした。
「…心配するな、嫌ならもう会わないから」
「そうじゃねえって言ってんだろ、話聞けジジイ!」
「く、口悪くないか…?」
「お金はいらない。何なら今までの分、少しずつだけど返す」
「はあ?なんでそうなる」
「……俺は、誰でも良くない。金もらっても、誰でもよくないよ」
「……だろうな。若人は選り好みが激しそうだ」
「もうさ、俺で良くない?」
「は?」
「少しは落ち着いてさ、俺にしといちゃえば?」
「……」
意味が分からないとばかりに眉を寄せられた。
「俺、もしかして重たい?」
「……遼、まさかと思うが俺に『お付き合いしよう』って言ってるのか?金銭ナシの?」
「もちろんナシ。フェラしても抜かずの三連発してもナシ」
「……お前、クスリでもやってるのか?」
「やってねーよ、ジジイよお!!」
どうして危ないクスリをやっていることになるんだ。酷すぎる。
「……だ、だっておまえ…」
「別に、身体だけならいらねえから。そういうのはもう俺、しないの」
「……破滅の道だぞ、俺となんて」
「大袈裟なんだよ」
「…お前の人生、滅茶苦茶にしたいわけじゃない。普通に結婚して子供作れ、女もイケるだろう、おまえ」
「…ジイさん、ほんと…。ロマンの欠片もねえじゃん」
「やかましい。お前、本当に…どうした?」
「嫌なら断れよ、うるせえジジイだな」
だめだと言われているようだった。俺とはだめだって、こんな事してそう言うんだからこいつは本当に酷すぎる。性欲の塊なだけだ。
「おまえ…、…あのなあ、あまり俺を舐めない方が良いぞ?確かに嬲られるのは嫌いじゃないがそれはシてる時だけだ」
「なんの話だよ」
「俺はお前から連絡がなくなってから、お前に顔の似た奴ばかり引っかけた。だが大体がネコ。しかもお前じゃない」
「は?」
「お前は終わったあとも話してくるし、嫌なことはしてこない。普通のデートみたいなのもしてくる。
何ならそういう時の方が楽しそうにしている。誕生日プレゼントをもらった時は昇天しかけた。お前はああいうのに向いてない、良い奴なんだ」
「本当になんの話…」
「笑った顔とか、してる時のいやらしい顔も、ぜんぶ…。…俺は、お前と会わなくなってから、最後まで一度も、誰ともしてない」
「操立ててんのおまえじゃん?!」
樋山は静かに頷く。なんで冷静なんだコイツ…。
「そうだ。勝手に操立てていた。全員、お前じゃないからな」
「……な、なにそれ」
「お前はもう、俺には会わない。そう気づいて諦めたが、どうにも…寂しくはあった。だが、ひと時でもああいう風に過ごせたのは良かったと思い、…その思い出で死んでいこうと思っていた」
「クソ重たい……」
「だろう?お前より、割と本気で重めだ」
「……好きとか言ってくれれば良いじゃん」
「気持ち悪いだろう。俺がお前に、金ナシに恋愛感情があるから付き合えって?」
「…俺はそう言った。気持ち悪いか?」
「気持ち悪いとかいう前に驚きすぎて逆に冷静になっている」
樋山は腕を掴んだ俺の手を優しく撫でた。
「お前は優しい子だからな。…ダメだ、頭がおかしくなっているだけだよ」
「俺、振られたの?」
「そうだ、諦めてくれ。お前のATMにならなるが恋人にはならない。残念だったな若人よ」
「……俺がいなくなったら「遼…俺はおまえのことを思って…」とか言うんだろ?気持ち悪」
「おい、振られた途端に態度悪くなってないか?」
未だに優しく俺の手を撫でるその手をパシンと叩いて払う。
俺は樋山の両手を掴んで正面から見つめた。
「……脅してやる」
「え」
「会社のひとに言い触らしてやる。課長は割と変態だって言ってやるぞジジイ!」
「…え、ええ…良いこと言ってくれると思っていたのに脅されているのか俺は…」
「……だから、もう俺にしちゃえよ。棺桶まで見ててやるから」
「……」
ぽかんと呆けた顔をしている。けれど自分でも止められなかった。
このふざけてるんだか本気なんだか分からない男。声を聴きたかったこの男と一緒にいたい。
きっと楽しい気がするのだ。あの時だって楽しかった。それは今日も変わらない。
「……ここで頷いたら、俺は…お前の人生を滅茶苦茶にした原因になるのか…?」
「学生時代にああいうことしてた時点で俺の人生滅茶苦茶だから大丈夫」
「そ、そうなのか…?」
俺は大きく息を吐きだしてから樋山さんの手を離した。
「大人になっても、何も変わんないよ。でも、ちゃんと責任は持つ」
「そんなもの持たなくて良いぞ。俺は、」
「好きだから責任持ちたい。本当に棺桶まで見ててやるからな」
俺はそう言い、先にシャワー室に向かおうと歩き出した。するとすぐに樋山がドタドタと騒がしい音をさせて隣に並んできた。
「お前、どうしてそう良い方に成長して俺の前に現れるんだ…?感情が爆発しそうだ。お前が好きすぎて好きすぎる」
「語彙力全然ないじゃん」
俺は笑いながらもう一度樋山の手を握った。
『お誕生日おめでとう、樋山さん』
『遼、まさか私のために?…なんて子だ、驚いたな』
『俺のバイト代で買ったの、もちろんバイトは駅前のコンビニでね。変なのじゃないよ』
『…ありがとう、この分は金でちゃんと払うからな。本当にありがとう』
『いらないよ、そんなの。それより、ネクタイだけど…これでよかった?ほかに欲しいものとか…』
『これ以上のものはない。強いて言えば、もっとお前との時間が欲しいかな。離れても、時間が経っても切れない何かで繋がれたら、なんて重かったか』
『はは、樋山さんてばロマンチスト~』
ふと、以前の会話を思い出した。俺は隣で俺の成長について語る樋山を見上げた。
「全然笑えねー…」
「ん、何がだ」
「いや、ロマンチスト選手権のこと」
「なんだその選手権は。お前が一位か?棺桶まで見ててやるで満場一致だな」
「ほんとやかましいなあんた。言っとくけど僅差で二位だからな、あんた」
おしまい
ともだちにシェアしよう!