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お断りだ!!!!!

 クリスとつき合って、一ヶ月経った。と、言っても、最後にお前に会ったのは、一ヶ月前だったが。しかも告白して、考えさせてくれ、と言われたままだから、厳密にはつき合っていないのかもしれない。  クリスは今、日本支部に居る。時たまある、ファイリングミスにより足りない報告書の行方を追って、世界中を旅しているんだ。もちろんミスしたのはクリスではなく新人なのだが、この件の責任者に、一ヶ月前俺が告白したまさにその夜に、クリスが任命されたのだった。  同僚から聞いたことがあるが、日本には七月の頭にロマンチックな伝説があるという。確か……一年に一回だけ逢える、恋人同士の伝説。タナゴタ? タナボタ? うろ覚えの記憶で検索すると、『七夕』がヒットした。七月七日。……今日だ! そう気付いた瞬間、心は晴れやかに決まっていた。     *    *    *  ジョーイから告白されて、ちょうど一ヶ月経った。合コンには足しげく通う癖に甲斐性のない君は、いい雰囲気から告白に至るまで、実に二年かかった。でも、すぐにメインディッシュにかぶり付いてはお行儀が悪い。紳士たるもの、一度優雅に辞退してから、しずしずと前菜に口をつけるものだ。  だからこの一ヶ月、ジョーイから何度もメールがきたけれど、全部添削して点数をつけて返してやった。もちろん、離れた想い人に送るメールとしての、点数だ。ジョーイはほぼ毎日送ってきたけど、女性に不自由したことがないからか、一通として俺を唸らせる内容のものはなかった。『逢いたい』。『キスしたい』。そんな即物的な内容ばかりで。もう少しロマンチックな口説き文句が言えるようになるまでは、ちゃんとした返事はしないと決めていた。  今日は、七月七日。日本では、『七夕』と呼ばれる夏祭りだ。短冊に願いを書いて竹に吊るすと、織姫と彦星が叶えてくれるという。頭の中に、ポンと願いが浮かんだ。君と、結ばれたい。でも俺は慌てて頭を振って、そんな想いを吹き飛ばした。気の迷いだ。及第点が取れるまで、手も握らせてやらないんだから。     *    *    *  クリスは、報告書を出しに行ったついでに、エントランスに飾られた七夕飾りを眺めに来た。日本人の平均身長に合わせて背の低い竹の枝には、沢山の『願い』がさがっていた。どれも象形文字のような日本語で、読めなかったが。日本でも英語の出来る人間は多かったが、もしクリスが本心を書いたとしても、事情の分かる人間は居ないだろう。  迷って、ボンヤリと短冊を眺めていた時だった。不意に、黄色い短冊に、青いペンで書かれた英語が目に入ってくる。 『I wanna see Chris…!』  ジョーイ。一ヶ月ぶりにブロンドの面影が脳裏に瞬いて、クリスは思わず片手で口元を覆った。笑ってしまう唇を隠して。そして、赤いペンを手に取った。同じ短冊に、書き添える。 『No way!!!!!』 「ひでぇな。せっかく逢いに来たのに……」  短冊の群れの向こうから、懐かしい面が微笑んで現れた。スラックスのポケットに、両手を突っ込んで。 「ジョーイ……!」 「逢いたかった。クリス。日本の夜空では、一年に一度のデートの日だ。俺たちも、ダブルデートと洒落込まねぇか?」 「……合格」 「あ?」 「何処に連れてってくれるの?」 「デートか?」 「うん」  だがジョーイは、困ったように笑った。火遊びの時には見せない、優しい笑顔。そんな簡単なものを、もう随分と前からクリスは好きなのだった。 「まず、返事をくれよ」 「返事?」 「ああ。パートナーになってくれ。クリス」 「こんな往来で、その言葉を言わせるわけ?」 「クリス」  クリスは伸ばされたジョーイの腕をすり抜けるようにして、駆け出す。 「二人っきりになったら、答えてやるよ」  ジョーイが追いかけてくるのを確信して、クリスは蒸し暑い日本の夏の外気に飛び出す。楽しそうなクリスの背に追い付くべく足を速めながら、ジョーイもまた、楽しそうに目を細めてクリスと二人、夜の外気に溶け合った。二人が本当の意味で溶け合ってしまうまで、あと三時間。織姫と彦星も赤面してしまうような、甘い甘い夜が、始まる。 End.

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