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第11話 蜘蛛の糸みたいな想い

 一生懸命に心の内を覗こうとする眼差し。言葉の真偽を確かめようとするまっすぐな瞳。端から見れば、彼の優しさはなんて残酷だろうと思うかもしれない。固く結び合った赤い糸にまとわりつく糸を断ち切らないままでいること。  けれどその優しさは勝利のまっすぐさを表している。いまもまだ振らずにいてくれるのは、光喜がそれを望んでいないのを感じているからだ。それなのに八つ当たりみたいなことを言ってしまった自分が嫌になる。  ひどく不器用な人だけれど、勝利はいつだって光喜を振り返ってくれた。心の置き場が見つからないいまは、彼を好きでいること、その想いだけでまっすぐに立っていられる。 「うっそー! 嘘に決まってるじゃん。俺は勝利のこと諦める気はないし! 鶴橋さんもうっかりしてたら俺に勝利を盗られちゃうよ」 「光喜!」 「ねぇ、早く行こうよ! アイス溶けちゃうよ。小津さんの家どっち?」  離した手が追いかけようと伸ばされる。けれどするりとその手から逃れて光喜は歩き出した。背中に感じる二つの視線には気づいていたが、それには振り向かず道の先を見つめる。しかしキョロキョロと視線をさ迷わせていると優しく背中を叩かれた。 「ほら光喜、こっち。道ちゃんと覚えろよ」 「駅から結構離れてるって言ってたけど、かなり歩く?」 「いや、十五分くらいじゃないか?」 「そっか、お腹が空いてそろそろ電池切れそう」 「あっ、お前まっすぐ歩けよ」  両腕を目の前の首に回して、背中に貼り付いた光喜にいつものように大きなため息が吐き出される。少し先を歩く人の眼差しは複雑そうな色を見せているが、それでもただ黙って小さく笑う。  二人の優しさに甘えている。それはわかってはいるけれど、いまはまだこの想いを離せる気がしない。だからこれ以上重たくならないように、誰にもバレない道化を光喜は演じ続ける。 「ねぇ、まだ?」 「ほら、そこ。そこの角のアパート」  のんびりと歩いて十五分と少しくらい。勝利が指さした先にはレンガを思わせるバーガンディ色した外壁の建物が見えた。ビターチョコレートみたいな扉が三つ並び、クリーム色のベランダが目を惹く。  縦に長いそのアパートは二階建て。しかし扉は一階に三つだけ。一番上に円い窓が見えるので、屋根裏があるのか、もしくは天井が高いのか。 「メゾネットタイプのアパート?」 「そう、見た目以上に広かったぞ」  アパートを見上げて目を瞬かせる光喜に隣に並んだ勝利が笑う。けれど歩みを進める鶴橋がこちらを振り向くと、あっという間に駆け出していってしまった。しばらく並んだ二人の背中を見ていたら、扉が開いて温厚な熊が顔を覗かせる。  ケーキやアイスを見てにこやかな笑みを浮かべていた小津だったが、ふいに視線を上げて離れた光喜のほうを向く。そしてふわっと花が開きそうなほどの満面の笑みを浮かべた。 「光喜くん、いらっしゃい」  嬉しくて仕方がない。そんな気持ちがダダ漏れなその笑みに、光喜は肩をすくめて笑う。そしてゆっくりと足を進めて、招かれた扉の中に足を踏み入れた。 「小津さーん、お腹空いた」 「あ、すぐに火を付けるよ」 「なに鍋?」 「鮭と白菜の豆乳鍋だよ」 「やった、俺、豆乳鍋かなり好き」 「良かった」  どんな作り笑みにも至極優しく笑う。ささくれ立つ気持ちをなだめすかしていくような柔らかな空気。会うたびにトロトロと心を溶かされそうな気分になる。けれどいまはまだその優しさは光喜にとって息苦しいものにしかならない。

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