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第30話 思いがけないその展開

 はっきり言ってこういったゲームは得意ではない。むしろ不得意と言っていい。しかしチャカチャカと鳴る音楽を聞きながら、積み上げた百円玉を次から次へと投入していく。なかなか思うように行かないそれにムキになっていることには気づいていたが、いまにも引っかかりそうなそれを見るとやめ時がわからなくなる。  一人でゲーム機に向かってうめいている光喜は人目を引いていた。けれどそんな視線などまったく感知していない。いまは目の前のクマのことで頭がいっぱいだ。  しかし必死になって十五分くらい過ぎた頃、ジャケットのポケットで携帯電話が震え始めた。それはしばらく鳴り続ける。無視をしていると鳴り止み、また少しすると短く震えた。おそらくメッセージを受信したのだろう。 「あー、もうちょっと!」  目の前のクマがあと一息で引っかかりそうなところまで来た。よし、いまだとボタンを押そうとしたところで再び携帯電話が震え始める。それは先ほど同様なかなか鳴り止まない。気が散るそれに光喜は苛々しながら手を伸ばす。 「うるさいなぁ、いま手が離せない!」  誰の着信かも確認せず電話口に文句を吐き出すと、その向こうで少し息を飲んだ気配を感じた。 「あ、ご、ごめん」  小さく耳元から聞こえてきた声に光喜の手が滑った。手元のボタンが押されてクレーンがゆっくりと下りてその手を広げる。 「あっ!」 「え?」 「……落ちた!」 「な、なにが?」  しっかり引っかかったそれがストンと出口に落ちた。身を屈めて取り出し口を覗くとストロベリー色のクマがいる。手を伸ばして取り出し、ボールチェーンをつまんで目の前にぶら下げた。自然とニヤニヤ口元が緩む。 「光喜くん?」 「ん? あ、いきなり大声出してごめん。えっと、どうしたの小津さん」 「ああ、うん。少し前に勝利くんから連絡があって。光喜くんが時間を持て余してると思うからって。いまどこにいるの?」 「えっ! ……あー、その、あっ、こ、小津さんのところから五つ先の」  思いがけない内容と思いがけない言葉に心拍数がやけに早くなって、紡ごうとする言葉が途切れ途切れになる。どんどんと火照ってくる頬を片手で触り、その熱さに自分で驚く。急に恥ずかしさが込み上がってきて、光喜は俯いて地面を見つめてしまった。 「じゃあ、そこで待ってて。たぶん三十分くらいでつくと思う」 「う、うん、わかった」  ぷつりと通話が途切れ、耳元から離した携帯電話を見つめる。先ほどの電話と受信したメッセージは小津からだったようで、いまどこにいるのかという内容だった。昨日までの自分だったら勝利の気遣いにムッとしていたところだが、いまはそれに心から感謝してしまう。そして一気に高まった気分で光喜の顔は緩みっぱなしになった。 「やった、初めて二人っきりだ」  片手に握りしめていたクマに光喜は視線を落とす。じっと黒い瞳を見つめてそっと鼻先に口づけた。気持ちを意識したばかりのいま、このタイミングは奇跡だ。こんな幸運はそうそうやってこないだろう。 「どうしよう。すごい嬉しいかも」  あまりの浮かれように花が咲きそうな気分で、踏み出す足はスキップでもしそうな勢いだ。これまでの恋を比較してみてもこんなに心が弾んだことはない。いままでも楽しかったし、ドキドキもした。けれどそれとは少し違う甘くてトロトロとした感情。  染み込んでくる感情に溺れてしまいそうになる。けれどそれがひどく心地よかった。  小さく笑みをこぼすと光喜はまっすぐと前を見つめて歩みを進める。早く、早く会いたい。そんな気持ちが溢れて足取りも速まっていった。

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