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第37話 久しぶりの騒がしさ

 これからのことや小津のことを考えながらその日は眠りについて、翌日は撮り溜まっていた番組を朝から晩まで見て、次の日の予定など忘れて夜更かしをした。  普段から光喜はそれほど寝起きは悪くない。けれど昨晩寝たのは三時頃で、もうしばらく惰眠を貪っていたいと思っていた。しかしそれを遮るように部屋の中にチャイムが鳴り響く。小さく唸りながら時計を見上げれば七時を少し過ぎたところ。こんな朝っぱらに非常識にもほどがある。  無視を決め込もうと思ったが、チャイムは鳴り止むどころかさらに連打された。甲高い音が響いて次第に頭が痛くなってくる。 「うっさいなぁ」  仕方なしにベッドから降りてのそのそと玄関へと向かう。そしてドアチェーンをかけたまま扉を開けば、ぱっちりとした茶色い瞳がその隙間をのぞき込んできた。やや低いその視線に光喜が目を落とすと目の前にある顔はにっこりと微笑んだ。 「さっさと開けろ」  にこやかな笑みとは対照的なドスが利いた声。さらに扉をガンガン蹴飛ばされて光喜は大きなため息を吐き出す。一旦締めてチェーンを外すと光喜が開く前に扉は大きく開け放たれた。 「光喜! いつまで寝てんだよ! 約束忘れてないだろうな」 「なんで迎えに来るの」 「ばっくれる気だったろ」 「まだ時間早いじゃん」 「いかなる時も時間前行動をしましょう! 結構ギリギリだぞ」  戸口で仁王立ちをしながら手を腰に当てている人物は、女子顔負けの小さな顔と大きな瞳。明るいハニーブラウンの髪はふんわりとして柔らかそうな猫っ毛。ゆるっとした真っ白なニットを着ているけれど、ぴったりとした黒のスキニーデニムや細い首筋と相まって華奢に見える。  黙っていれば可憐な美青年。しかし中身は肉食系腹黒男子の高月晴、二十三歳。 「全然体型は大丈夫じゃん」 「ちょっとやめてよ」  いきなり両手を伸ばしてきたかと思えば、晴はおもむろに光喜のTシャツをたくし上げた。そして無遠慮に腹筋や腰をベタベタと触りまくる。 「光喜の腰のほくろ、エロくていいよね。すんごいそそられる」 「キモい顔して見るな変態」  ニヤニヤと笑い出した晴に光喜はあからさまに眉をひそめて手を払う。それに対してブーイングをされるが、再びため息を吐きながら黙って踵を返した。すると背後で扉が閉まる音が聞こえ、勝手に晴は部屋に上がり込む。  光喜がキッチンで冷蔵庫を開く頃にはソファに我が物顔で座っていた。その様子に息をつきながら林檎ジュースをグラスに注ぐと、光喜は無言でそれを晴の前に置く。 「光喜、準備は早くしろよ」  リモコンでテレビを点けて、チャンネルを変えまくる晴は自由気ままだ。しかしそれも慣れたもので、光喜はなにも言わずにそのまま洗面所へ向かった。  それから特に会話もせず三十分ほど。光喜が身支度を調え終わると晴はテレビを消して振り返る。アイボリーのカットソーにベージュのジャケット、スリムなブルーデニム。シンプルな装いだが光喜のすらりとした身長とすっきりとしたスタイルにはよく映えた。  頭の天辺からつま先まで視線を流して、晴はにんまり笑いながら頷いた。 「うんうん、相変わらずいい男だね。……ムカつくくらい」 「本音と建前、どっちかにして」  可愛い顔をしながら舌打ちした晴に光喜は目を細める。けれどそんな光喜の対応に晴はちろりと赤い舌を出しておどけて見せた。 「行くよ」 「はいはーい!」  玄関に向かい歩き出した光喜のあとを追って晴もソファから飛び下りる。  マンションから最寄り駅まではのんびり歩いても二十分かからないくらい。撮影の行われるスタジオまでは途中で電車を乗り換えて三十分。駅から徒歩で十五分ほどだ。 「光喜、隈できてんじゃん。仕事前に夜更かしとかプロにあるまじき所業だぞ」 「うるさいなぁ」  電車に乗ってもあくびを噛みしめる光喜と対照的に、晴はずっと機嫌の良さそうな顔をしている。背の高い二人は顔の良さも相まって電車に乗っている人たちを振り返らせているが、もう慣れきっているのかどちらも気にしている様子はない。  それどころか晴に至ってはわざとらしく光喜にくっついたりと周りの視線を集めて楽しんでいる。しかしそれでも光喜は我関せずを貫き通した。

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