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第61話 桜色の景色

 やはり小津の隣はほんわりとした温かさがあって居心地がいい。気づくと近づき過ぎて何度も肩がぶつかる。それに最初は驚いた顔を見せていた小津だが、光喜が照れたように笑うのを見てひどく穏やかな眼差しをするようになった。 「ビールどのくらい買っていったらいいかな」 「んー、そうだな。でも四人とも結構飲むしね」 「あ、いっそのこと一ケース買っちゃう?」  冷蔵のショーケースの前で二人して悩んでいたが、思い立ったように光喜は後ろを振り向いてそこに積まれているものを指さした。それは段ボールに入った二十四本入りの缶ビール。 「あ、でもかなり重いか」 「このくらいなら僕が持つよ」 「え? でも近いとは言え大変じゃない? ざっと見積もっても九キロくらいはあるよ」 「大丈夫、そのくらいなら大したことない」 「んー、そっかぁ。んー、それじゃ、任せちゃう!」 「うん、任せて」  やんわりと微笑んだ小津に光喜は声を上げて笑った。その笑い声に、目の前にある瞳は眩しいものを見るように細められる。そして手が伸ばされて、優しく頭を撫でられた。それに光喜が目を瞬かせると、我に返ったようにその手は離される。 「あ、ご、ごめんね」 「えー、平気だよ。前も言ったでしょ。触ってもいいよって」  以前にもあった出来事とまったく同じ状況に光喜は笑ってしまう。けれどそれと同時に近くなっていた距離がそこまで巻き戻ってしまったことに寂しくもなる。ギクシャクしながらビールケースを抱えた小津の背中を見て、光喜は小さく息をついた。 「あ! 駄目、今日の会計は俺持ちなの!」 「え?」 「これはあの二人の引越祝いとお礼なんだ」  会計時に財布を開こうとする小津の手を押し止めて、光喜はぐいぐいとレジ前から身体を追い出す。目を丸くしてる顔に「今日は駄目」と念を押すと、彼はふっと優しく笑った。 「そっか、ごめん」 「ううん」  少し子供みたいな態度だったかもしれないと光喜は頬を熱くするが、そこに向けられる眼差しが優しくてますます恥ずかしさが増した。それでも口元が緩まないように唇を引き締めて会計を済ませる。  弁当四つはビニール袋へ、ビールケースは紐を巻いて手持ちを付けた。荷物を分けて携えるとあとは帰るだけ、なのだが、マンションまであと少しというところでふいに光喜の足が立ち止まる。隣を歩いていた小津は気づかず少し先へ進み、二メートルくらい離れてから振り向いた。 「光喜くん、どうしたの?」 「ああ、うん。マンションのベランダから見た時に、こっち側に桜が見えたんだよね」 「え? 桜?」 「うん、結構満開っぽい感じに見えた」 「少し寄り道してみる?」  立ち止まっている光喜の傍まで来ると、小津は先ほどまで光喜が視線を向けていた先を指さす。それ見て驚いた光喜は慌てたように顔を持ち上げる。けれど小津は優しい目をして笑っていた。 「え、でも小津さんに重い荷物持たせているし」 「さっきも言ったよね。このくらいなんともないって」 「……え、あー、そっか」 「行く?」 「う、うん。行ってみたい」 「じゃあ、行こう」  またやんわりと優しく微笑んで小津は光喜を促すように歩き始める。それを追いかけて隣に並ぶと、光喜はひどく胸がドキドキとした。ああ、好きだな――そんなことを思ってさりげなさを装いながら、肩が触れそうになるくらいまで近づいた。  しばらく無言のままゆっくりと歩いていると、五分くらい経った頃に目的の場所までたどり着く。そこは川沿いの土手で、その向こうが公園のような緑地になっている。桜は広い緑地を囲むように植えられていて、今日は休日と言うこともあり花見をしている人がたくさんいた。 「うわ、やっぱりかなり満開。春を感じるね」 「ほんとだね」 「勝利と鶴橋さんも連れてきて、お花見したいね」 「うん、帰ったら相談しようか」 「やった、お花見楽しみ! あ、花びらここまで飛んできてる」  しゃがみ込んで地面に手を伸ばすと、光喜は小さな桜の花びらをつまみ上げる。そして薄紅色の花びら見つめて小さく笑った。初めて出会った時はまだ寒かったのに、季節が変わったのだなと思うとひどく感慨深い気持ちになる。この先、季節が何度変わっても一緒にいられたらいい、そんなこと思いながら光喜は晴れ渡る空を見上げた。

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