67 / 112

第67話 握りしめた温かさ

 視線が絡んでどのくらい経っただろう。二人の様子を勝利と鶴橋は黙ったまま見守っている。そのうち詰まった息が苦しくなったのか、小津が大きく肩で息をする。けれど光喜の視線は先ほどからブレることなくまっすぐだ。 「俺のマンションは小津さんのアパートの通り道だし、いいよね? タクシー代は出すし、ね?」 「あ、いや、え? ああ、う、うん……いいよ。送るよ」 「良かった、正直立ってると目が回るんだよね」 「み、光喜くん!」  ようやく紡がれた返事にほっと息をつくと、光喜は力なくその場にしゃがみ込んだ。急に視界から消えたことに驚いたのか、慌てた様子で小津が傍までやって来る。背もたれを掴んだまま俯いていた光喜はその気配に視線を持ち上げてへらりと笑った。 「大丈夫?」 「うん、平気平気。たぶん少ししたら落ち着くから。でもちょっと外の空気が吸いたいかも」 「そっか、立てる?」  身を屈めた小津は両手を差し伸べてくれる。けれど光喜はその手を掴まずに、腕を伸ばして目の前の身体に抱きついた。その瞬間、初めて抱きついた時と同じ反応が返ってくる。あっという間に瞬間冷凍された小津は顔を真っ赤にして、手を差し伸べた状態のまま固まった。 「あ、タクシー呼んどくから、二人は下に下りてろよ」  ソファの向こうからやり取りを見ていた勝利は少し呆れた顔で携帯電話を振って見せてくる。それに目線を向けた光喜がさらに腕に力を込めると、ぎこちない手がそっと肩に置かれた。そのぬくもりに光喜の唇がゆるりと綻んだ。 「光喜くん、ま、まっすぐ」 「えー、無理」  恭しく靴まで履かせてくれた小津は、甘えるように身体を寄せる光喜を抱き寄せてひどくうろたえていた。ギクシャクしたその動きに、背後からはため息と笑い声が聞こえる。けれどお構いなしに光喜はさらにもたれかかった。 「勝利、鶴橋さん、またねぇ」 「気をつけて帰ってくださいね」 「小津さん頼むな」 「う、うん。それじゃあ、二人とも、また」  玄関の扉が閉まると夜の闇に包まれる。外灯の明かりは感じるけれど、そこは別空間のような静けさがあった。二人だけになった、それだけで光喜の胸はきゅっと締めつけられる。すり寄るように肩口に頬を寄せれば、腰を抱いている小津の身体がまた不自然に力む。  それに少しばかり申し訳なさを感じるものの、酔っ払っているという言い訳を建前にした。そして車が到着するまでずっと光喜は一歩も離れることをしなかった。 「光喜くん、大丈夫?」 「……うん」  車のエンジンはやけに眠気を誘う。扉に身体を預けた光喜は小津の声に返事をしながらもたびたび意識を落とす。それでも乗り込んだ時に捕まえた手は繋がれたままだ。人前でこんなことをさせられている小津はいたたまれない気持ちになっているのでは思う。  それでもそこから感じる体温は光喜の心を穏やかにしてくれる。少しだけ指先に力を込めると、その手は優しく握り返してくれた。手のひらから伝わる想いに胸が甘く痺れる。 「……お客さん、どうしますか?」 「あ、すみません。ここまででいいです」  夢うつつの状態で光喜は言葉を交わす声を聞いた。完全に落ちていたことに気づいてまぶたを持ち上げようとするけれど、それはくっついたように開いてくれない。そうこうしているうちに繋いでいた手が離れてバタンと扉が閉まる音が聞こえた。  しかしさほど経たないうちにもたれていた扉が開く。身体は重力に従い倒れ込むが、下へ落ちる前に大きな手に支えられた。そこでようやく目が開き、瞬きをすると困ったように眉尻を下げる小津の顔が視界に入る。 「あ、光喜くん、マンションに着いたよ」 「ごめん、寝てた」 「うん、大丈夫だよ。ほら、立てる?」  ゆっくりと引き寄せられて、おぼつかない足で立ち上がると腕の中に閉じ込められる。再びバタンという音が聞こえたあと、車はそのまま発進していった。けれど胸の音がやけにうるさくて、そのエンジン音さえかき消える。

ともだちにシェアしよう!