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第75話 ようやく繋がった想い

 昨日の出来事が夢幻でも良かった。そのままなにも言わずにいなくなられてもいい、そのくらいの覚悟は光喜にもできていた。それでもこんな風に二人の時間に他人を混ぜ込まれたら傷つく。 「悪かった、ちょっと配慮が足りなかった。小津さんがパニクってるから、俺まで冷静さを欠いてた。俺たちは来るべきじゃなかったよな。光喜は、どうしたい?」 「もう、いいよ。ほっといて」 「それでいいのか、本当に」 「いいよ! 馬鹿なことした俺が悪いんでしょ! 小津さんはただの被害者じゃん!」  無理矢理に酒を潰れるほど飲まされて、明日には記憶もないだろう状況で迫られて、彼に非などない。その状況を作り出した自分が悪い、告白という大事な部分を後回しにした光喜が悪いのだ。 「俺がサイテーな男だから」 「光喜!」  両肩を揺さぶられて浮かんだ涙がこぼれ落ちる。ひどく自分が惨めになった気がして、しゃくり上げるように光喜は泣いた。抱かれているあいだは彼の気持ちが自分に向けられているようで嬉しかった。だからもしまったく覚えてなくても構わなかった。  けれど結局また光喜は選ぶ道を間違えた。小津と繋がる縁なんてものは、やはりなかったのだ。きっとどの道を選んでも繋がらない。けれどそう思っても、胸は苦しくなる。 「小津さん! こっちきな」 「……あ、う、うん」 「この状況どうすんの? この先まで俺たちに尻拭いさせるつもりじゃないよな?」 「それは、……もち、ろん」 「だったら、いい加減はっきりしてやれよ! これじゃあ、いくらなんでも光喜が可哀想だろ! 俺は光喜を傷つけるためにあんたを選んだわけじゃない!」  しんとしていた部屋の中に勝利の声が響いて、その怒声に小津が息を飲んだ気配が伝わる。いままで彼が声を上げて怒鳴るような姿は見たことがなかった。それに驚いて光喜が顔を上げると、睨み付けるように小津を見つめる視線があった。 「そりゃあ、俺だって、光喜の気がそれて二人でゆっくりできればいいって思ったよ。思ってたけどさ、誰でも良かったわけじゃないってことくらいわかるだろ! 俺は、あんたなら大丈夫じゃないかって思ったんだ。それなのに、なんでこんなになるまで光喜の気持ちに気づかなかったんだよ。それともなにか? 気づいててそのままにしたのかよ」 「ご、ごめん」 「謝る相手が違うだろ!」  苛立たしげに声を上げると、勝利は足でソファの前にあるテーブルを避けて小津の腕を掴む。そして乱雑に引っ張って空いたそこに座らせた。目の前で膝を折る彼は光喜の視線に落ち着きなく視線をさ迷わせる。  なにかを言葉にしようとしているのは感じるが、いつまで経ってもその言葉は出てこない。膝の上で手が握られていて、そわそわと落ち着きなくそれを動かしている。けれどその様子に焦れったくなったのか、勝利が思いきり背中を叩いた。  その勢いで前のめりになった小津は慌てふためきながら光喜の手を掴む。 「み、光喜くん。あの、その、……こ、こんなことになってから、言うのは遅いかもしれない、んだけど」 「……なに?」  これまで以上に顔を真っ赤にした小津は、しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。光喜の手を握る大きな手は少し震えていて、ひどく緊張しているのがわかった。だから光喜は静かにその答えを待った。 「逃げ出して、ごめん! 光喜くんの気持ちをないがしろにするようなことをして、ごめん。あの、す、好、きです。……好きです! 初めて会った時から、ずっと、好きでした。君以外のことを、考えられないくらい。も、もし、こんな僕でも良かったら、許してくれるなら、付き合って、ください。こ、これから、先のことも見据えて、一緒に、いたいです」  震えた声で、身体中を真っ赤にして必死で紡ぎ出された言葉に、光喜の瞳はまた涙を浮かび上がらせた。それがボロボロとこぼれ落ちると、慌てたように小津の手が伸びてくる。不器用そうに見える指先が、光喜の目尻を拭う。  けれどもう拭いきれないほどそれはこぼれ落ちてくる。 「あの、光喜くん、こんなおじさんだけど、傍にいてくれないかな」 「……馬鹿」 「え?」 「馬鹿、馬鹿、バカ、……そういうことはもっと早く言ってよ!」  驚きに目を見開く小津に、光喜は両手を伸ばした。しがみ付くように目の前の身体に抱きつくと、それを抱きとめるように両腕が回されてきつく抱きしめられる。肩口に顔を埋めて泣けば、背中を優しく叩かれた。 「もう一回」 「ん?」 「……もう一回言って、好きって、言って」 「うん、好きだよ。僕は、光喜くんが好きだ。ごめんね、不安にさせて。一人にしてごめんね。ずっと尻込みしてたんだ。光喜くんみたいな子が、本当に僕なんかを好きでいてくれるんだろうかって。……でも、伝えなきゃ、伝わらないよね。好きだよ、君のことが大好きだ」 「俺も、好き、小津さんが好きだよ」 「良かった。……それじゃあ、両想いだね」  小さく笑った声が耳に優しく響いて、胸の中が満たされていくような気持ちになった。ゆるりと腕を解くと、光喜はまっすぐに小津の顔を見つめる。そして確かめるように頬を撫でて、そっと唇に口づけた。

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