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第2話 初めての旅行

 厚切りのトーストを二枚。ポテトサラダとツナを載せたグリーンサラダに卵を三つ使った大きなオムレツ。そして肉汁が溢れるウィンナーを四本に淹れ立てのコーヒー。食卓についた二人は両手を合わせて声を揃えると温かいトーストにかぶりつく。  バターがたっぷり染み込んだそれはサクサクと音を立てる。五分と経たないうちに一枚をぺろりと食べきり、次は皿へと手を伸ばす。 「そういえば新幹線は何時だったっけ?」 「十時、五分だったかな」 「そっか、お土産を買う時間ある?」 「予定より早く起きたし大丈夫だけど、気にしなくてもいいよ」 「えー、手ぶらでは行けないよ。……だって、小津さんの家族に会うんだよ」  少し前に二人で立てた予定。それは九月の連休に一緒に実家へ戻り小津家の愛犬に会おうというもの。当初の予定では友達を連れて行くという形にしようと話していたが、やはりちゃんと紹介しておきたいので恋人を連れて行くと親に話した。  本当に大丈夫かと光喜は心配していたが、思春期の頃に性癖を自覚していた小津は両親にそのことをすでに告げている。付き合っている相手を実家に連れて行くのは初めてだけれど、これから先ずっと一緒にいたいと思うからこそ紹介しておきたいと思ったのだ。 「はあ、なんか緊張しちゃうな」 「大丈夫だよ、うちはみんな大雑把な性格だし。でもわりと母親も妹もマイペースだから、振り回されないか、そこは心配かな」 「妹さんは小津さんに似てる?」 「いや、それほど似ていないと思うよ。僕は父親似だし、妹は母親に似ているし」 「ふぅん、そっか」  数日前から彼がそわそわした雰囲気なのは感じていた。いつもよりもメッセージの頻度が多くて、電話もよく鳴った。いまも小さく相づちを打ちながらも気持ちが落ち着かないのか視線がウロウロとしている。  これ以上は不安にならないように配慮してあげようと小津はやんわり目を細めた。しかし心配することはほとんどないが、九つも年下だと知れた時の反応が気にかかる。妹は今年で二十三歳、それより光喜は二つ下だ。  いままで付き合ってきた中で一番歳が離れている。けれど母親辺りの台詞は想像がついた。こんなおじさんによくこんな可愛い子がなびいてくれた、くらいは言われそうだ。その場面を思い浮かべて小津は苦笑する。 「ごちそうさまでした」 「コーヒーはもういい?」 「うん。あ、小津さん、俺が片付けるから出掛ける準備しておいでよ」 「え? ああ、そうだね。じゃあ、お願いするよ」  さきほど光喜は身支度を調えたので着替えが済んでいる。駅へ行って土産物を選ぶならば早めに準備をして出掛けるのがいいだろうと、彼にその場を任せることにした。昨日の晩にほとんど荷造りは済んでいたが、忘れ物がないか最後の点検は必要だ。  顔を洗って二階へ上がると小津は着替えをして鞄の中身を確かめる。そしてそういえばと思い出してロフトの仕事場へ足を向けた。机の引き出しを開くとそこにはデジタルカメラがあり、充電を確認すると半分ほどになっている。移動のあいだにモバイルバッテリーに繋いでおけばいいかとそれも鞄に詰めることにした。 「小津さーん、何時に出る?」 「ん? 家にいると落ち着かない?」 「んー、まあ、ちょっと」  寝室をのぞき込んでくる光喜はますますそわそわした様子。今日から一泊二日、恋人の実家へ行くのは初めてだと言っていたので、なおさら落ち着かないのだろう。時計を確認すると少しばかり早いが、準備も終わったので家を出ることにした。  小さな旅行鞄、男二人の旅はそれほど荷物は多くない。それを携えてゆっくり駅まで道を歩く。まだ七時にもなっていない休日の朝はひと気がなかった。それに気がついたのか、隣の手がそろりと伸びてきて小津の手を掴む。  彼はスキンシップが好きだ。手を繋いだり、抱きついたり、キスをしたり、触れているのが安心するようで、人の目がない時は必ず寄り添ってくる。それがひどく可愛くて、甘えられるたびに小津は望むままにしてしまう。 「あっ! そういえば、旅行とか俺、久しぶり」 「そうなんだ」 「うん、去年まで仕事してたし、休みの日はいつも予定が詰まってたから」 「そっか、それほど長くはないけどゆっくりしよう」 「うん」  ようやく楽しげな笑みを浮かべた恋人の顔に、ほっと小津は息をつく。ずっと緊張の塊では気疲れしてしまうだろうと心配していた。じっと横顔を見つめるとそれに気づいたのか視線を持ち上げる。そしてふんわり花がほころぶような笑みを浮かべた。 「ちょっと色々不安だけど、楽しみだよ」 「大丈夫だよ、向こうも楽しみにしてるって言ってたから」 「んふふ、ドキドキするね」 「光喜くん」 「な、に……んっ」  あまりにも可愛らしい笑みに引き寄せられるままに唇を重ねてしまう。驚いたように目を見開いた顔が見えたけれど、優しく柔らかな唇を食むと繋いだ手をぎゅっと強く握られた。何度もついばんでゆっくりと離れれば、縋るような眼差しで見つめられて胸が高鳴る。  もう一度近づいてまぶたや頬に口づける。次第に頬が赤らんで、気恥ずかしそうに目を伏せるその表情に彼への愛おしさが増した。これまでの恋愛を軽んじてきたわけではないけれど、光喜と一緒にいると小津はいつもどんどんと膨らんでいく想いに驚かされる。  そのたびにこれ以上に愛せる人はいないと思い知らされた。

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