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第20話 優しい家族

 顔を洗ってから庭に下りると、小屋の外と入り口で寝転んでいた凛太郎と茶太が目をキラキラと輝かせて近づいてくる。いまにも押し倒しそうな勢いで走り寄ってきた二頭は、福丸同様にぶんぶんと尻尾を振っていた。  大きな身体に詰め寄られて光喜の笑い声が響く。すると小屋の中にいたシロウもその声に誘われるように顔を出す。そして尻尾を揺らしながら二頭の後ろで控えめに順番待ちをし始めた。 「お手、おかわり、ハグ!」  彼らの目線に合わせて芝生に座る光喜の前でお座りをする三頭は、両手を広げる彼に抱きつくように肩に前足を置く。そんなコマンドを教えたことはないはずなのに、お利口さんと光喜が背中を撫でると揃って得意気な顔をした。  そんな様子を近くで見ている小津はじゃれ合う三頭と恋人をカメラの中に収めていく。なんて幸せな光景だろうと切り取った笑顔に胸が温かくなる。しばらくそのまま和やかな時間を過ごしていると、窓が開きリビングから敦子が顔を出した。  ご飯よ、と呼ばれて立ち上がれば、まだ光喜に遊んでもらいたい三頭はあからさまにしょぼんと尻尾を垂らす。 「またあとでね」  それぞれの頭を優しく撫でてリビングに戻ると、はしゃぎ疲れた福丸がお腹を出して眠っている。時折キューンと寝言のような鳴き声を上げるその姿に光喜は顔を綻ばせて笑った。  手を洗ってからダイニングへ向かえば、テーブルの上に朝食が並んでいる。いつもは手早く済ませるためにパンを食べることが多いので、ご飯とお味噌汁、焼き魚や卵焼きなどが並んでいる食卓に光喜は感動をあらわにした。 「んー、朝からこんなにしっかりしたご飯が食べられるなんて幸せ!」 「いっぱい食べていいわよ」 「ありがとうございます!」  言葉通りの幸せそうな顔でご飯を頬ばる姿に敦子の目が優しく細められる。けれど嬉々としながらご飯を食べる自分を見つめている小津に気づいた彼は目を瞬かせて振り返った。小さく首を傾げるその仕草に口元を緩めながら、口の端についた米粒を小津がつまみ上げればぽっと頬が赤く染まる。 「ご飯おいしい?」 「う、うん、おいしい」  さりげなくつまんだ米粒を口先に寄せると、照れくさそうにはにかんで光喜は指先のそれをぱくんと食べた。けれどいつまでも見つめている小津に、ご飯冷めちゃう、と小さく呟いて視線をさ迷わせる。 「うん、いただきます」  視線が気になってご飯が進まなくなった彼が指先で突いてくるので、笑みをこぼしながら小津は両手を合わせる。そしてたまにはこんなしっかりとした朝ご飯を作ってあげようと温かい味噌汁を飲みながら思った。  朝食が済んでのんびりとお茶を啜っている頃に二階から希美が下りてくる。Tシャツにハーフパンツという部屋着で下りてきた彼女は、光喜の顔を見てはっと緊張した表情を浮かべる。そして彼がいたのだと言うことを思い出したのかあたふたとし始めた。 「き、着替えてくる!」 「もう希美、そんなこといいからご飯食べなさい」  回れ右をして下りてきた階段を駆け上がろうとする娘を、母は呆れたような声でたしなめる。そんな声に恐る恐る振り返った希美はきょとんとする光喜に視線を向ける。顔を赤くしながら見つめられると、この状況に気づいた彼はにっこりと笑みを浮かべた。 「希美ちゃんおはよう」 「おっ、おはよう!」 「ご飯、おいしかったよ」 「……っ! か、顔洗ってくる!」  朝からキラキラとした光喜の笑顔を見てなにかが振り切れたのか、妹はゆでだこのように顔を赤くしなが洗面所に駆けていった。小さな足音を聞きながら、小津は思わず苦笑いしてしまう。いつだって彼を振り返る女の子が絶えない。  誰がどう見ても九割以上の人が光喜の容姿が優れていると言うだろう。けれど彼は自分のものだと言いたくなる独占欲で時折胸を焦がされた。 「敵は多いな」 「え? なに?」 「ううん、なんでもないよ」  小さな呟きを聞き逃した恋人はぱっと振り向く。そうしてじっと見つめられると、ちょっとした優越感を覚える。持ち上がりそうになる口の端を誤魔化しながら、小津はそれ以上なにも言わずに再びお茶を啜った。 「修平、帰りの新幹線は何時だった? わりと早かったわよね」 「十三時、半くらいだったかな」  もう少しゆっくりしても良かったのだが、慣れない場所で光喜に気を使わせるのは申し訳ないと小津は早めの時間を選んだ。けれど愛犬たちの懐きっぷりを見るともっとゆっくりでも良かったかもしれないとも思う。  人付き合いがそれほど得意ではないという彼だけれど、見た目だけではない明るさや優しさで自然と周りに人が集まる。性根がまっすぐなのだ。だからこそ動物にもそれが伝わるに違いない。 「今度いつ帰ってくる?」 「んー、まだ考えてないけど」 「また近いうちに帰ってきなさいね、光喜くんと一緒に」 「うん、そうするよ」 「次に来る時は晩酌がしたいってお父さん言ってたから」  頷いた息子に笑みを浮かべた母は、ふっと視線を流して和室で本を読んでいる夫の背中を見つめる。そして内緒話をするみたいに声を潜めて口数の多くない高道の言葉を教えてくれた。 「可愛い息子がもう一人増えたってお父さんずっと光喜くんのこと褒めてばっかりで、よっぽど来てくれたのが嬉しかったのねぇ」  昨日の夜は敦子が喜んでいたと言っていた高道の本音を聞いて、誰よりも一番に思ってくれていたことに小津はひどく胸を打たれた。そして母にはそんな本音を話してしまう、二人の仲睦まじさに微笑ましい気持ちになった。

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