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69 敦の膨らむ思い

 数ヶ月前の話── 「あれ? 客いないの? 大丈夫? このお店」  悠さんに軽口叩いていつもの席に俺は座る。  仕事後に合コンに誘われたはいいけど、楽しくなくて精神的ダメージを食らっていた俺はなんとか抜け出してこの店に来たけど、そんな俺の顔をジッと見ていた悠さんにすぐに指摘されてしまった。 「どうしたの? だいぶお疲れみたいじゃん。いつもの敦スマイルが燻んでない?」  いつもの調子で明るく振舞っていたのに、本当にこの人は人のことをよく見ている。  この気遣い、優しさを俺だけに向けてくれたらいいのに……  とうとうそんな事を思うようになってしまった。  悠さんとバイトの元揮君と三人で他愛ないお喋りをする。しばらくすると交代の時間なのか「ごゆっくり」と言って元揮君は裏に引っ込んでしまった。 「なぁ敦、場所変えて飲みなおさないか? 前にサシで飲もうって言ってたよね」  二人になった途端、思いついたように悠さんが明るくそう言う。店はこの後来るバイトだけで十分回せるから心配するなって。俺は突然の悠さんの申し出に、正直動揺を隠せなかった。  確かに以前サシで呑みたいとは言ったけど……帰り間際にサラッと言っただけで、半分本気で半分社交辞令。でもちゃんと覚えていてくれたんだ。そのことがとても嬉しかった。 「え……まさか悠さんから誘ってくれるとは思ってなかったよ。いいよ、近くの店にでも行こっか」  物凄く嬉しかったけど、なるべくその感情が表に出ないようになんでもないように俺は振る舞う。  近くにモツ煮が美味しい小さな居酒屋がある。小さな店だけど落ち着けるいい店なんだ。きっと気に入ってくれる。そう思って俺は悠さんをその店に連れて行った。  店内に入り、カウンターの端に並んで座る。  店が狭いから思いの外、隣に座る悠さんが近くてドキッとした。 「でも本当、悠さんから誘ってもらえて俺、なんか驚いた……どうした? なんかあるんだろ?」  急に呑みに行こうなんて、何かあったのかな? 悠さんは自分で気がついてるのだろうか? 悠さんは前よりも全然清々しい顔をしている。きっとその事と関係があるんだろうと思い、俺はそう聞いてみたんだ。 「あぁ、一応な。お礼が言いたくて」  ちょっとだけ言いにくそうに、そして恥ずかしそうに悠さんはそう言った。  俺、お礼を言われるような事、何かしたかな?   話を聞いてみると、俺が悠さんにしてきた事……もっと素直になればいいのにと思ってキツイ事を言った事、でもそのおかげで助けられた、救われたんだと教えてくれた。  そして最初は俺の事、凄い嫌いだったらしい…… 「……色々吹っ切れた。だから、ありがとう」  今まで見た事もないような満面の笑顔で俺に対してお礼を言う悠さんが本当に綺麗すぎて、俺は恥ずかしくて直視できなかった。  思わず顔を背けて頭を抱えてしまう。  なんだこれ!  凄い恥ずかしい! 「なあ、敦? せっかく俺、素直にお礼言ってんだからさ、何か言ってくれない?」  そんな俺の気持ちも知らず、悠さんは俺の肩をトントンする。  頭を抱えてる腕の隙間から悠さんを盗み見ると、バッチリと目が合ってしまい余計に恥ずかしくなってしまった。 「悠さん、タチ悪いって……なんだよ、こっち見んな」 「へ?」  俺が照れてどうしようもなくなってしまってるのがわかったのか、悠さんが俺の脇腹を突っつき揶揄い始めた。  ……勘弁してくれ。  楽しそうに笑う悠さんが可愛く見えてしょうがなかった。  でもよかった。  俺、かなりキツイこと言ったよな? 悠さんが見ないふりしていた感情を俺が掘りかえすようなことしちゃったけど……楽になれたんだよな? 俺のしたことは間違ってなかったんだよな? 嫌な思いをさせてしまったけど、今は良かったと思ってくれてるんだよな? 「敦、ありがとう。大袈裟かもしれないけどさ、本当俺、敦のお陰で前に進まなきゃって気付けた……うん、そう思うんだ。だから今はすごく気持ちが楽だよ。感謝してる」  素直に俺にお礼を言う悠さん。 「ありがとう敦」  やっぱり俺は照れ臭くて嬉しくて、顔を上げることができなかった。

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