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第5話
自覚したのは、中学生の頃だった。環に、彼女ができた。
「な、ちゅーした?ちゅーした?」
「うん」
「スゲー!どんな感じ⁉︎」
興味津々、根掘り葉掘り聞き出そうとするクラスメイトに囲まれても大して興味なさそうに、けれど、ほんの少しだけ頬に朱をさして環が答えるのを見ていた。
「……やわらかかった」
ふと逸れた視線が、その時を思い出しているだろう瞳の奥が、知らない色をしていた。それがひどく不安を煽って、寂しさに息苦しくなって、無性にイヤだと思う感情だけが思考を埋め尽くした瞬間に理解した。
――好きにも色々あることがわかるまで、簡単に好きと言ってはだめよ
幼い頃に祖母が言ったことの意味。自分が好きなものを好きと言ってはいけない理由。何より衝撃だったのは自分が友人に向けていた感情の名前で、その夜は食事が喉を通らないばかりか罪悪感で胃液を吐いた。
理と環は、通学もクラスも昼食も一緒で、クラスでもセット扱いされることが多かった。けれど、理は自分の恋愛対象が男であること、現在進行系で環に好意を持っていることを自覚してからは、なんとか理由をこじつけて離れようとした。
自分の気持ちは知られてはいけない。この気持ちは捨てなきゃいけない。
ただそれだけが理の中で繰り返された。
最初は環のためだと思っていた。好きな人を困らせたくない。見なくていいものを見せたくない。隠し通せば、何も知らないまま勝手に幸せになってくれると思っていた。
しかし、理はある時気付いた。それは建前であって、本当は自分の心を守るためだったことに。気持ちを伝えないことで、自分が傷付かずに、自分の居場所を失わないようにしているだけだということに。
相手の幸せを願うことが、恋をしているというより愛しているみたいだと気恥ずかしく思ったことさえあったのに、実際は自分が可愛いだけだったのだ。
理はいつだって自分の心に不誠実で、その事実が苦しかった。
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