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終章
「やっぱさーえっちすると空気変わるよなー」
「いつまでも居座ったままでなんかあんのかと思ってたのにボケてただけ?何バカ言い出してんの?」
年明けから一週間、基の尽力で神納家の大量のお節が早々に捌けたため、理は予定よりも大分早く実家から解放されてログハウスに戻っていた。相変わらず基が地元に帰らず入り浸っているので、当然とばかりに環も居座っている。
早々に基にカミングアウトした環は自然体で理に触れることが増え、理も慣れたのか拒絶することなく受け入れるようになった。いつも通りに隣に腰掛けてミルクティーをすすっているが、時折友人にはしない優しい目をするので完璧に空気が恋人のそれになっている。
「寂しくなっちゃった?」
「んー?二人とオレっていう立ち位置?みたいなのは変わんないし。お前らが笑ってんなら別にいいよ」
「なんだそれ。いっつも三人組で括られてただろ」
「ま、それはそーなんだけど。やっぱ違うじゃん?培ってきた時間みたいなの。オレだけ他県からの編入だったし、オマケ感は否めないかなーって……何?」
四人がけの机に理と環が並び、理の前に基が座るのが定位置となっている。現に今もその並びで午後のお茶の時間を過ごしていたのだが、理がふと席を移動して基の隣に座った。
「干し芋食いたくなったから再来週おまえんち行く。一箱確保しといて」
「うん?いつもみたいに送るよ?」
「おれ丸干しがいい。あとアンコウ食べたい」
「え、ナニ環も来んの?……あっ気ぃ遣ってんのかキモッ!」
基は若干引いた声を出したが、その顔は笑っていた。
さっきの言葉は本心だ。十年付き合いがあっても、物理的に距離も時間も離れている。それでも、こうして親友の心は傍にあると思わせてくれる二人が、基は大好きだった。
「うっせーな、干し芋食いたいだけだっつーの」
「そーそー久々にお高い美味しいもの食べたいだけだって」
「オイオイやめろよーかわいいじゃねーかアンコウは割り勘だかんな!」
「そんなこと言ってー奢ってくれちゃうくせにー」
「軽々しく奢れるかあんなもん!」
ふざけ合って、笑いあって、時々心配して、乗り越えて安心して。一緒にいるだけで楽しくて、傍にいなくても共有できるものが確かにある。
高校生になる時、一生地元だけで生きて他の場所を知れないことが無性に怖くて家を出た。場所はどこでもよかったけれど、二人に逢えたことはとても幸運だったと基は大真面目に思っている。
二人には言わないこともある。でも、二人になら言えてしまうこともある。
それはきっと、三人共がそれぞれに思っていることで、くすぐったいその優しい感情をそれぞれがとても大切にしていた。
「――基を好きになれればよかったのにって思ってたよ」
夜。環が家に帰り、風呂も済ませて他愛もない話をしていると、理がふと話しだした。
「わお、まさかの告白。その心は?」
「はっきり振ってくれて、かつその後も友達でいてくれるだろ」
「そーね、おれお前ら大好きだかんね、友達的な意味で」
「好きになるなら、基みたいなタイプがいいって、そんな人だろうなって……思ってたんだけどな」
残り少なくなった紅茶の水面を見ながら、理が言葉をこぼす。
環と恋人になったことに後悔はないだろう。けれど、ほとんど人生分想い続けて、隠し続けて、終いには自分さえ誤摩化し続けた感情だ。普段は忘れていても、ふとした時に考えてしまう。
「そりゃ、しゃーあんめーよ。恋なんて転がり落ちるもんだろ?選べたら失恋も悲恋もこの世にねーよ」
「かーっこいー」
「惚れんなよ」
「残念、俺が好きなのはあいつだけなんだなー」
「お、認めたな?」
基が嬉しそうに笑うのを見て、理は半分諦めたように苦笑した。
「認めざるを得なかったって感じかな。自分の感情に抵抗すんのも疲れたし」
「おまえのその人生の大半諦めてますな思考回路はたまにどうかと思うわ」
「そゆこと言ってくれちゃう基が好きだよ」
「よせやい照れるじゃねーか!」
基は軽口を叩いて、溜め込んだ重い感情も思考も吐き出させて昇華させるのが上手い。基には何度も救われてきたし、心から心配してくれていたことも知っている。
だからこそ、ちゃんと話して、諦めただけじゃないと伝えておきたかった。
「初恋だったんだと、思う。知らないまま好きで、中学で自覚して、絶対知られちゃいけないって……でも離れられなくて、友達やって。高校入る頃には友達演じるのにも慣れて、基とも仲良くなって、毎日楽しくて。好きだったことなんて、ホントに忘れてたのにな」
思い返せば思い返しただけ、自覚がなかっただけでずっと好きだったのだと気付いて頭を抱えた。自分の性的嗜好を理解した時も似たようなことを思った。
無理矢理なかったことになど、できるはずがなかったのだ。きっと、生まれて出逢った時からずっと特別だったのだから。
「よかったじゃん、初恋叶って。幸せそーで何よりだ」
顔を上げれば、基が嬉しそうに笑っていた。親友がそう言って笑ってくれるのが嬉しくて、ありがとうを言うには少し気恥ずかしく、恐らく言わなくても解っているだろうから、理はただ、笑って頷いた。
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