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第1話
「君は何故、そういうことをしてるんだ?」
距離にして2m。返答は期待していない。けれどその時、私は疑問をぶつけたい衝動に駆られていたのだ。
空を見ていたその人物は、ゆっくりとこちらを振り向く。漆黒の瞳でじっと私を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。私はこの言葉を、今でもよく覚えている。
「雨は、星屑たちの涙なんだ。」
これがはじまり
私と君が、この先長い付き合いとなる最初の物語
――――――
私の学校には、知る人ぞ知る有名人が居る
名前は七星暁(ななほしあきら)。廊下ですれ違う女子生徒たちの目を奪う程の、校内1、2を争うイケメンだ。眉目秀麗な上に、濡れ羽色のセミロングの髪は重力に逆らうことなく真っ直ぐ伸びている。
しかし彼が有名人である理由は、イケメンだからという訳ではない。
「またやってるよ。」
「何考えてるかわかんないね。顔は良いのに。」
室内でひそひそと話をする生徒達。外には件のイケメン・七星が大雨の中、傘もささずに立っている。彼は雨が降っている休憩時間には必ず身一つで外に飛び出す。その奇怪な行動はたちまち学校内に広まった。
―相変わらず、よくわからない奴・・・。
私は奇異の目に晒されている七星を横目に、教室へと戻って行った。
彼とは2年連続同じクラスだが、一度も話をしたことはない。けれど自然に彼を目で追ってしまう。それは私と彼が、クラス内で良く似た境遇だと思うから。
私は中学時代、クラス全員に無視された
目立たない地味な生徒故に、標的にされやすかったのだと今になって思う。
物を盗られたり、机に落書きをされた訳ではない。だが、話しかけようとしても誰もが目を逸らして私を空気のように扱う。担任ですら、私を腫れ物のように扱った。
それ以来、家族以外は誰も信じられなくなった
◇◇◇
例年よりも遅い梅雨入り
窓際の席に座る私は、連日の雨模様に気が滅入っていた。
現在は昼休み。昼食の弁当も食べ終えた後、窓の外を眺めるのがここ最近の私の日課だ。外は室内でも響くくらいの土砂降りの雨。私の座る席の窓からはグラウンドが見え、その中心に七星が立っていた。
七星の特殊な行為を目の当たりにする度に思う。
わざわざ雨の日に、ましてや傘も差さずに外に出る理由は何か。
何が彼を突き動かしているのか。
昼休み終了5分前に、七星は教室に戻って来た
雨に降られた後は必ず、体操服に着替えていた。これは1年余りの教師の指導の賜物だ。
1年の頃は着替えもせずにずぶ濡れのまま教室に戻って来た。廊下も教室も濡れるため、室内に入る前には着替えるようにという指導を彼は素直に聞いている。
教師ですら、七星のある意味での迷惑行為を止めようとはしなかった。なぜなら彼は、定期テストで常に学年10位以内を取る優等生でもあるからだ。授業態度も至って真面目。優秀な生徒だからこそ、このような奇行を教師は目を瞑っているのだろう。
無言のまま、七星は私の席の後ろに着席した
今月の席替えで、私は七星の前の席になった。
1年の時も同じクラスだったものの、席が近くなったのは2年のこの時が初めてだった。背中に七星の存在を感じながらも、私は何となしに窓に視線を向けた。
止む気配の無い雨
それどころか、雨足は一層強くなるばかりだ
陰鬱とした天気は、私の心も一層陰鬱とさせる
「・・・星が見たい。」
――――――
私は星が好きだ
広大な夜空に、無数の瞬き
その様子がしがらみもなく自由であるように、私には感じられた
星は質量によって一生の終え方が異なる
質量の大きい星は最後に大爆発を起こすが、小さな星はガスを放出してだんだんと縮小していき最期を迎える。
私はそんな星の最期に憧れた。私という人間が消えても家族以外は誰も悲しまないだろう。けれど、星は大小に差はあれども輝きを放って死んでいく。その一瞬が誰かの記憶に僅かでも残るのなら。それは人間として生きていくよりも素敵なことであると思うからだ。
夜になる度、自室のベランダから空を見上げる
それが私には何よりも幸福なのだ
◇◇◇
雨降りの日が3日も続いた
七星の理解不能な行動はすっかりこの学校の風物詩になっていた。
私は、昼食のパンを購入して教室に戻っているところだった。ふと、中庭に目を遣ると雨の中でただ一人、七星が立っていた。両手を広げ、雨を迎え入れているような体勢だった。ここ2日は土砂降りだったが、今日は比較的小雨だ。そのせいか、彼の表情が良く見えた。
―なんて、楽しそうな表情をしてるんだ
空を見上げ、雨を全身に受け入れている。
七星は楽しげでもあり、心底幸せそうな表情を浮かべているようにさえ見えた。
私はすぐにその場を立ち去る気にはなれなかった。彼の横顔を、彼の感情を、窓越しに盗み見ていた。
下校時も、雨は止むことを知らない
今日は日直だったため、いつもよりも遅い下校となった。
昇降口で靴を履き替え、帰ろうと校門に向かおうとした時。その通り道に七星が立っていた。相変わらず傘もささずに佇んでいる。完全下校20分前だけあって、生徒は殆ど残っていない。濡れ具合からして、1時間以上はこの場所に居たのだろうことが伺える。その他大勢の生徒同様に彼を気にせずさっさと帰っていた、いつもの私なら。
けれど、彼―七星の、表情の意味が気になって仕方がない
どうして、雨に濡れることに嫌な顔をしないのか
「君は何故、そういうことをしてるんだ?」
普段、声を出さないせいで思いっきり裏返ってしまった。
気恥ずかしさはあったものの、私は疑問をぶつけたい衝動に駆られていたのだ。距離にして2m。返答は期待していない。
空を見ていた七星は、ゆっくりとこちらを振り向いた。そこに人が居ることを初めて認識したように。漆黒の瞳でじっと私を見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。
「雨は、星屑たちの涙なんだ。燃え尽きた星が最後の力を振り絞った雫。・・・星達の最期の声が聞こえるんだ。」
私に向けられた七星の声は、雨音に掻き消されるくらい儚いテノール。
私への問いに答えた後、目を閉じた。きっと星達の最期の声を聞いているのだろう。
雨が星屑の涙?
あまりにも突拍子な答えに、私の理解が追い付かない
「そんなこと、初めて聞いた。星達の声が聞こえるって、そんなこと、あり得るのか?」
「あり得るよ。今だって、無数の声が聞こえる。」
私の言葉の最後を被せるように、七星は告げる。
感覚を研ぎ澄ませ、星達の声に耳を傾けるためなのか沈黙が落ちる。だがそれは、やがて彼が口を開くことによって破られた。
「『ありがとう』『最期だけでも一部になれた』『痛い』『悲しい』」
「え?」
「僕の身体に落ちた雨は嬉しそうに感謝を述べる、けれど、地面に落ちた雨は辛そうなんだ。・・・無機質なものはいずれも痛そうにしてた。」
突然単語を述べた七星に、私は聞き返した。そんな私に彼は、説明を付け加える。・・・つまり、人体以外に落ちた雨はネガティブな感情を持つのか。
「それなら、殆どの雨は不幸じゃないか。雨が降れば人は、傘をさすから。」
「そうだよ。だから僕は、出来るだけ星達に安らぎを与えたい。・・・全ては救えないのはわかってるけどね。」
私の言葉に、七星も重々承知だった。私に向けた七星の顔、目尻についた雫が涙のように見えた。・・・もしかしたら、本当に涙も混じっているのかもしれない。殆どの星は幸せ得られない。私なら、愛する星のそんな声を聞き続けてたら心が痛む。
「・・・君みたいに、聞こえるかな。星の声。」
「あぁ、君なら聞こえるよ。」
あり得ないことだとわかっていても、聞かずにはいられなかった。伸ばされた七星の腕と言葉。何でこんなにも、飛び出したくなるんだろう。何でこんなにも、高揚してるんだろう。
「一緒に聞こう、雲切昴(くもきりすばる)」
私の名を呼ぶ声が、私を導く。
鞄も傘も、昇降口に置いて。雨の中、身一つで七星の許に向かった。触れた彼の指先が冷たい。家族以外の誰かと触れ合うのも、会話をするのもいつ振りだろう。
だが、今になって解った
私が七星が気になった理由。それは、似ていたからだ。
クラス内で”たった一人”で過ごしているというところが。
「何か聞こえるかい、昴?」
「・・・いいや、まだ。でも、」
君の隣に立ち、雨に濡れていく。
今まで閉じこもっていた殻を破ったことが、とても清々しいよ。
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