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第1話
同棲生活
香月 琉夜
「俺たち、結婚しよう」
突然のプロポーズを受けた。しかも同性から。おまけにこいつは会社の同僚だ。
「いやいやいやいや、ないないないない」
「だって、俺たち男同士よ?結婚なんて法律的に無理でしょ?」
「うん、分かっている。一緒にいてくれるだけで良いから」
「あー、シェアみたいな感じ?それならまぁ別に良いけど」
残業終わりに、同僚の一条敬と呑んでいた。
個室居酒屋だ。ほろ酔い気分でいたころに言われたものだから、うっかりオーケーしてしまったのだ。
でも、お互いに忙しいのは理解している。だから家事は分担しようという事になった。俺は食器洗い、洗濯。一条は料理と言う事になった。たまたま俺は早上がりで、午前中だけだったから、分担された家事を済ませて、少し仮眠を取る事にした。
仕事で疲れていたのか、横になった途端、意識が遠のいて行った。
どれくらいの時間が経過したのだろうか。腕時計の指し示す数字は午後六時。
なぜこうも起き上がるのに苦労するのだろう。ゆっくりと腹筋を意識しながら、ゆっくりと起き上がる。時を同じくして、玄関からドタンと音がした。俺と同じ鍵を持っている一条が帰って来たであろう事実を、その音が告げた。
「ただいま」
「お……おう、おかえり」
若干緊張してしまった。これではまるで、新婚の夫婦みたいだ。確かに、一緒に暮らし始めてまだ一ヶ月くらいだけど。別にこいつの事を好きとかそういうものでは無くて、ただ、こいつは聞いたら男が好きだと言う。何が何だかわからない。ガチでプロポーズだったというのか。あれは。
だけど、キスとかそういった類の、肉体的な交わりはただの一度も無かった。期待などしているはずは無い、が。
ただ、帰って来て誰かがいるというのは気分のいい物ではあった。
毒され始めている。そのフィクションに、ただただ苛まれ続けている事実が、マンションの一室に生まれただけだ。
そんなことが頭を一瞬駆け巡ったが、答えなんて出そうも無かった。
「今日、ハンバーグの種、買ってきた。ハンバーグで良い?」
一条は全くもって軽快に、俺にそう質問を投げかけた。
「うん……まぁ、悪くないね」
「そう! それなら良かった。修二は少し休んでなよ。疲れたでしょ? 出来たら起こすからさ」
「分かった」
さっきまで寝てたんだ------。その一言が言えなかった。その気持ちを隠すように、そそくさとかつ無意識に、ベッドルームに戻っていた。
ベッドで横になっていると、パンパンと音が聞こえる、ハンバーグの空気を抜いているのだろう。細かいやつだ。
暫くするとジュージュー、パチパチと肉の焼ける景気の良い音が聞こえて来た。心躍る。
ぐうっと、腹の虫が鳴る。
「うわっ、しまった‼」
俺の腹の虫が鳴き止んだら、期待していない言葉がベッドルームにまで響いてきた。うるせーな。時代劇かよったく。ただ、そのわざとらしい大声を聞き至るのを機に、失敗したであろうことは容易に想像出来た。
人間はどんなに玄人になっても失敗するもんだなという妙な安堵感だけが頭を駆けた。
出来上がりは、表面は焦げていたが、中身は上手く焼けていて、ソースでごまかしていた。誤魔化すんじゃねーよ。
食べて見ると、ホクホクジューシーで美味しかった。もちろん焦げた部分は全てカットだ。
美味いもんだ。この生活をもう少しだけ続けて見ても良いかな。と思った。
男は胃袋を掴まれると弱いというのは、こういうことなんだろう。飯が美味ければ、そりゃあ帰ってくるに違いない。家であっても酒が進みそうだ。惚れた腫れたは、別としてな。
そもそも俺はこいつの事が好きなのか?
居心地が良いから一緒にいるだけじゃないのか。結婚とは何か。昨今騒がれているLGBTなどが頭に浮かんでは消えていく。性別、年齢を超えた、箍が外れた時を、今この瞬間、味わっているのかもしれない。
そんな、理解の範疇を超えた、判然としない、曖昧模糊な時間軸だけが動いている。
今はそれで良いじゃないか。美味い飯、暖かい空間が、そこにはあるのだから。
(終)
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