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第8話

「僧正様、昨日はご挨拶もせずに失礼しました」 寺の本堂に行き改めて挨拶をする 「よいよい、全て話しはついたのならそれでよい」 穏やかに微笑む僧正様はそれだけ言うとまた読経を続ける。ふと 本尊の傍らに小さな木彫りの仏像があるのが目に入った 「満さま…あの…」 満はその仏像を手に取り僕に見せる 「過ちとはいえ 父君から手に懸けたと思った…自分の罪の贖いと 父君の弔いの意味を込めて彫ったのだ」 涙が溢れて止まらなかった、そして最後の疑問を口にする 「満さま あの時どうして一人で逃げたのですか?…なぜ僕も一緒に…」 言い終わらない内に満が応える 「父君が倒れた後、正之殿が 闇雲に斬りかかってきた…多分相討ちにでも 見せ掛けるつもりだったのだろう」 そこまで卑怯な人だったのかと悲しくなる 「あの状況で貴方を連れて逃げたら きっと躍起になって探しただろう。どうせ引き離されるのならば…と」 そうだ そうなっては二度と屋敷から出る事は出来ないだろう 「もし僕がここに来なかったら諦めるつもりだった?」 「あぁ…」と満は小さく一言だけ答えた 何時でも 無理強いをせず僕の意志と幸せを想ってくれていた事が嬉しい 僧正様に分からないように そっと目を合わせ微笑んだ ◇◇◇ 「出発するなら早い方がいいでしょう」 晴れた満月の夜はかなり明るい 「身体は大丈夫なのか?」 「大丈夫です」 本当は少しまだしんどいけれど いつ正之殿がやってくるか分からない 満がいるのならなんの心配も要らないだろう 「でも僧正様には言わなくていいのですか?」 長く世話になったのだから 「手紙を本堂に置いてきた 朝には気付くだろう」 満に手を取られ山道を歩きはじめると 遠くから水音が聞こえてくる 歩を進めると視界が開けた先に滝があった。まだ雪解けの途中で水量は少ない 緩やかに流れる川面には月が映っている 「このまま進めば後戻りは出来ない…本当にいいのか?」満は真剣な顔で問う 「僕も半端な気持ちでここに来た訳じゃありません…長い刻の間この川面に月が映るように僕の瞳に映るのは満さまだけでした…だから」 そこまで言うとそっと抱きしめられ口付けをされる 二人の足音は水音にかき消されていった ◇◇◇ 雪弥の後を追っていた正之は数日遅れて山寺に到着する だが 本堂に人の気配がない…周りを見渡すと裏山に続く道に足跡を見つけ進んでいった しばらく進むと滝壺近くで念仏を唱える僧正の姿があった 正之に気付いた僧正は本堂にあった手紙と仏像を黙って手渡した その顔をは険しい表情をしている 「これ以上二人を追ってなんとする?」 その問いかけに正之は答えられなかった 手紙にあった正之宛の言葉は少ない 『母君の事、道場生の事後はよろしくお願いします』 批難も恨みもそこにはなく 正之はただ立ち尽くすだけだった

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