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第10話:思わぬ事態発生

 近年、十月に入っても夏日を超える温度を記録することが多いこともあってか、夏が長くなったと感じるようになった。  ただ、それでも十月も終わりに近づけば、夕方以降の気温が一気に下がる。最近も、仕事が終わって事務所から外に出た時、寒さに驚く時が何度かあった。  誠一と出会って、もう二ヶ月。季節は明らかな変化を見せていくのに、二人の関係は何一つとして変わらない。  無理矢理に何かが変わったと主張するなら、幸輝の部屋の調理器具と食材が増えただけだ。  これが男同士の友情が行き着く、最終地点なのかもしれない。そう思うと、幸輝が望んでいた光景が目の前にあるにも関わらず、心は満足しない。  叶わない恋というものが、これ程までにきついものだとは思わなかった。  日に日に落ち込みが激しくなっていく。  それなのに、現実は更に追い打ちをかけるかのごとく、幸輝へと過酷な試練を与えた。 「――――え、舞ちゃん、各務さんのこと好きなの?」  それは仕事の休憩中に、ふと給湯室から聞こえて来た噂話から始まった。 「嘘、各務さんと幾つ差よ。相手、四十超えたおじさんでしょ?」  誠一をおじさんだと批難する女性社員に少し苛立ちを感じつつも、幸輝の意識はもう一方に向かった。  誠一を好きだという女子社員だ。確か彼女は幸輝と同じ内勤の子で、今年の四月に入った新入社員。背が小さくて、可愛らしい顔をして、性格も大人しくて、いかにも「女の子」という印象を抱く子だった。  恐らく誠一の隣に立ったら少し身長差が目立つものの、それ程おかしくもないだろう。寧ろ、お似合いかもしれない。そう、幸輝よりは確実に。 「ってか、どうして好きになったの?」 「あのね、私、仕事で失敗しちゃって、上司に怒られたの。それで泣いてたら、各務さんが『失敗は誰でもあることだ』って慰めてくれて……」  よくある話だと思った。  そりゃ誰だって弱っている時に優しい言葉を掛けられたら、心が揺らぐに決まっている。彼女が誠一を好きになった理由が存外安易だとまで考えたところで、幸輝は自分も同じだということに気付く。  そうだった、幸輝も最初は誠一の優しさに惹かれて好きになったのだった。それなのに自分は今、彼女を批難してしまった。  ――最悪だ……。  ここまで自分が嫉妬深い人間だったなんて思わなかった。 「で、どうすんの? 告白とかするの?」  話を聞いていた先輩の女子社員が尋ねると、彼女は小さい身体をより小さく縮めて顔を赤く染めた。 「まだ、そういうのじゃ……」 「何言ってるの。こういうのはどんどん押していかないとダメなの。ホラ、私達も手伝って上げるから、ぶつかっちゃいなさいよ」 「う……うん……」  先輩に促されて頷いた彼女を見た幸輝の胸に、鋭い刃が突き刺さったかのような衝撃が走る。  彼女が誠一に告白したら、誠一は何と答えるのだろう。頭の中で必死に予想してみるが、どれだけ考えても誠一が断る光景が浮かばない。  誠一ももう四十三歳だ。いくら仕事一筋だと言っても、そろそろ結婚のことを真剣に考えなければならないはず。そんな状況の中、好意を寄せる若くて可愛らしい女性が目の前に現われれば、普通の男なら簡単に首を縦に振るだろう。  告白されて驚くも、嬉しいと受け入れて付き合う。誠一もいい年だから、すぐに将来の話なんかが出るだろう。彼女の方はまだ若いが、相手が誠一なら収入も申し分ないから専業主婦になってもやっていける。そして二人の間に子供が出来て、と想像の中でどんどん形成されていく物語に胸がズキズキと痛んだ。最初の一撃で致命傷を受けた場所を、切れ味の良い刃で更にグリグリと掻き回されているようだった。  このまま彼女達の話を聞いていたら、きっと倒れてしまう。そんな情けない結果を招きたくなかった幸輝は、ふらつく足に鞭を打って自らの席へと戻った。

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