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第2話
あれはまだ久世が新人だった頃だ。
波多と同じ部署に配属され、指導員として面倒を見ることになった。
彼は人懐っこい性格で、甘えてこられるとそれが可愛くて、つい、甘やかしてしまう。
食事の時は彼の好物があるとそっと皿にのせてやったり、抱きついてきたり肩に顔を埋めてきたりすれば頭を撫でてやった。
二人でいる時間がとても幸せで。ノンケである彼を好きになってはいけないと思いながらも、心が惹かれてはじめていた。
だが、ある日、外回りのついでに女子に手土産を買うことになり、お勧めの洋菓子店がある連れて行かれ。
その店は、大人向けといった雰囲気で、落ち着きがあり男でも入りやすい店だった。
「へぇ、良い店だな」
「そうでしょう! 実は俺の彼女の店なんです」
と、ガラス張りの調理場でケーキを作る女性へ手を振る。
久世に気が付いたか、彼女はが頭を下げる。とても笑顔が暖かく、母性を感じさせる人だ。
「へぇ……、優しそうな、人だな」
どうにかそう言うと、久世は嬉しそうに頷いた。
息苦しい。ここに居たくない。
逃げる口実をと携帯を取り出し、
「悪い、俺、ちょっと外にいるわ」
仕事のメールと言うと、久世は解りましたと簡単に嘘を信じる。
電話をするふりをしながらじくじくと痛む胸を押さえた。
久世はただ彼女を波多に紹介したのは喜んでもらえると思ったからだろうか。
あまり反応をしなかった事に、残念そうな顔をしていたから。
それ所か、結局、あれから忙しいふりをして久世と必要最低限の会話しかしなかった。
一緒にいると辛いだけ。気持ちを保つためには久世を突き放すしかない。
いつものように甘えてくる彼に、
「そろそろ甘やかすのは終わりな」
仕事に慣れてきただろうと冷たく接する。まるで捨てられた子犬のように見つめてきたが無視だ。
「なんで、今まで優しくしてくれたのに」
いきなりの豹変した態度に戸惑う久世に、彼女がいる癖に、と、怒りさえ浮かんでくる。
それはただの八つ当たりに過ぎないが、その時は自分勝手な怒りを久世にぶつけていた。
「甘ったれたこと言ってるな! もう少しで研修も終わりなんだ。この先、そんなんじゃ困るだろ?」
これで自分の事を嫌いになってくれたらいい。
なのに、
「俺の事を思って、なんですね」
何を勘違いしたか目をキラキラとさせて解りましたと頷いた。
自分に都合の良い解釈をする久世に、流石に呆気にとられた。
「波多さん、良い人ですね」
大好きですと、余計に懐かれるようになってしまった。
何度、つれない態度をとってもめげることがない。
久世という男のしつこさにはウンザリとする。
そんな二人を、周りの同僚は「犬と飼い主だな」と言い、久世はその言葉を気にすることなくまとわりつくので、それが定着してしまったのだ。
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