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八空間目⑥
「とりあえず俺は風呂に入ってくる」
「うん。じゃあ、上がってきたら色々話そう」
「ああ」
帝には訊きたいことがまだまだたくさんある。そして話したいこともたくさんある。
きっと俺たちの間には仲の良い兄弟とは違って、まだまだ溝と遠慮があると思うけれど、それでも俺たちは俺たちで徐々に距離を詰めて行ければいいなと思う。
そんなことを考えながら、俺は風呂場へ行く帝の背中を見つめたのだった。
「あ、そうだ」
俺は俺でやることがあったんだった。
本格的に痒くなる前に、蚊に噛まれた箇所に薬を塗った方がいいよな。荒れ果ててしまったリビングの中から救急箱を探し出すのは多少時間が掛かったけれど、なんとか痒み止めの薬を見つけることができた。
「あとで一緒に家の中を片付けないとな」
おもわず苦笑いがでてしまうほど家中散らかっている。俺も帝も小さい頃から片付けは苦手だったはずだ。きっと俺たち二人で片付けるのは至極大変なことだと思うけど、きっと協力すればなんとかなるだろう。
「……ん?」
そんなことを考えながら備え付けの鏡を覗き込んだのだが、おもわず薬を塗る手を止めるほど不可解な感じがして俺は首を傾げた。
俺が不可解に思ったこと。それは、『これは本当に虫に刺された痕なのか』ということだ。鏡を見て今初めて自分でその痕を確認して、帝がキスマークだと思ったことに納得した。
もっとじっくりと確認したくて、着ている服の首元を思い切り下にずらす。
…………すると。
「……な、なに……これ?」
服で隠れていた箇所にびっしりと赤い痕が付いていたことに俺は驚愕した。もしかしてと思い、服をたくし上げてみて腹部を確認してみれば、所々にキスマーク以外にも噛み痕が付いていた。
こんなもの虫刺されではないことは一目瞭然だ。
「……神田さん」
虫ではなくて犯人は間違いなく神田さんだ。だが、付けられた記憶は一切ない。となると、俺が寝ている昨夜か朝にでも付けられたのだろうか。
「どういう意味だよ、これは……」
まるで独占欲を露にするような大量の痕を見て、おもわず顔が熱くなってニヤけてしまった。
「……神田さんの、馬鹿」
俺が気付かない内に、こんなにも痕を付けてくれるなんて自惚れてしまうじゃないか。
普通の人ならば気持ちが悪いと感じてしまうかもしれないけれど、俺は嫌だなんて思わない。だってこれを付けてくれたのは紛れもなく神田さんだ。好きな人に独占されるようにこんなにも痕を付けられて、すごく嬉しい。
これにどういう意味が込められているのかなんて分からないが、ただ今は単純に浮かれてしまっているのは確かだ。
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