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第1話
最初はただ友人になりたかった。
俺とは違う大人しいやつで、一人でいることが多くて、あんまり笑わないやつで、先生に褒められた時に少し照れたように笑ったのが印象に残って、ただそれだけ。
何度も話しかけて、返事を返してくれるようになって、話が噛み合うようになって、友達になって、そしてやっと自分に笑いかけて貰えて、なんだか胸がいっぱいになった。でも、俺が仲良くなったことで周りが話しかけるようになって、まるで自分しか気づかなかったものに皆が気づいたようで、自分以外に話しかけたり、表情を崩すことにだんだんイライラしはじめて、これは友人に対する気持ちではないと気づくのに時間はかからなかった。
直ぐにでも気持ちを伝えたいと思った。でも、クラスのやつらに、いつもベタベタと何をするにも一緒に仲良くしていた二人が「ホモじゃん、気持ち悪い」と言ってからかわれて、そいつ等が仲違いして片方が虐められてることを知っていた。
この気持ちに気づいてから、これは周りに言ってはならないと理解するまで一瞬だった。
それでも日に日に好きになった。声が、仕草が、表情が、俺に向けられる全てが好きで、隣にいるのが辛かった。どうにかして気持ちを鎮めるために、彼女を作ることを急かした。幸いにもそういう方面に興味はあるらしく、気になる子もちゃんといた。だから、相手の女の子に近づいて、勧めて、協力して、どうにかくっつけて、彼女を作ってやった。
これで自分の気持ちもおさまるだろうとそう思っていたけど、全然ダメだった。二人を見る度、胸が締め付けられるようだった。彼女の惚気を聞く度、見たこともない、恋する表情を見る度に、どうしてそれは俺に向けられないのかと悲しむと同時に、その資格もないのに相手に嫉妬した。
二十歳の誕生日にあいつがお祝いだとスパークリングワインを買ってきてくれた。なれない手つきで抜いたコルク栓は吹き飛んで床に落ちた。俺はそれを拾いあげて何となくポケットにしまった。
家に帰ってそれをみつめながら懲りない自分に心底呆れた。
それから、益々誰にも言えないぐちゃぐちゃの感情を抱えているのが辛くなり、誰彼かまわず付き合った。男も女も、思いの捌け口にした。
この頃になると性別なんて気に周りに知られなければ問題ないと理解していたけど、何年も言えなかったことを今更口に出すことは出来なかった。言ってはいけないと、どこからともなく命令が全身に降される。それは何年もかけて自分自身につけた呪縛のようだった。
それでも気持ちは収まるどころか日増しに大きくなっていく。それを誤魔化す為にいつしか爛れた生活が当たり前になって、その一方で長々と彼女と続いてるのを傍で見ていて、もしも二人が結婚したら、今度こそ諦められるんじゃないかという取ってつけたようなくだらない期待を持った。そのまま、結局隣にいることを辞められずに十年以上片思いして、社会人にまでなって、本当に結婚の報告がきた。
親戚と少しの友人だけで結婚式をやるらしく、俺に友人代表としてスピーチして欲しいといわれた。それはまるで断頭台に立たされた挙句自ら執行人も務めろと言われているようだった。同時に、この気持ちを断ち切る最後のチャンスなのだとそう思った。
しかし、考えれば考えるほど原稿に何を書けばいいのか分からなかった。多分どれだけ良い奴かいい男か、そんなやつと結婚出来る彼女がどれほど幸せかとか書けばよくて、そんな所はとうの昔から嫌という程知ってる。けれどそれは自分には向けられないもので、どうしてあの時言わなかったのかという後悔と、幸せになって欲しいという切望と、俺では家族を、当たり前を与えてやれないという絶望がぽたぽたと目から溢れてしまって全然紙には書けなかった。
仕方なく泣きながら携帯のメールの下書きに綴ってコピーした。
内容は、昔はどんな奴だったのか友達になるのにどれだけ苦労して、それから友達が増えて、彼女と付き合ってずっと想いあっていて、どれだけ良い奴かいい男かそんなやつと結婚出来ることはとても幸せだろうというようなものだ。
そして最後の一行に、そんなお前がずっと好きだと手書きで書いた。これは俺の最初で最後の告白だ。
その紙を持って式に参列した。友人代表でスピーチを読んだ。どんな奴だったか、どんなに良い奴か、そんなやつと結婚出来ることは幸せだと、そこまで書いてあることを読んで、友人として言ってもおかしくないと分かっていたけど、最後の文だけはどうしても言えなかった。仕方なくその文に目を落としながら、スピーチを締めくくるために、結婚おめでとうと言った。泣くのを我慢したような、震えた、我ながら情けない声だった。
読み終えてからも顔をあげられず途中で帰った。見ているのが辛かった。親友なのに、心から祝ってやれない自分が恥ずかしくて憎らしかった。結婚しても、やっぱり好きな気持ちは断ち切れなかった。
でも、好きだから、誰より幸せになって欲しいと思った。これでダメならもう離れなければと思っていたけど会場を出たところで引き留められた。
顔を見ることも戻ることも出来そうにないので「小っ恥ずかしくて居られない」なんて適当な嘘ついて振り向かずに出てきた。
昔は人に全然興味無さそうにしてたのに、引き留められるほど心を許されて、親友になってしまったから、もう理由もなく離れたら傷つけてしまうくらい近くて、だから、傷つけるくらいなら離れなくていい。俺が、今まで通り隠せばいいだけだ。
多分ありがちな話だ。好きなやつとの友情が壊れるのが怖くて長年片思い、そんなやつは五万といるだろう。俺もそのひとりだと言うだけの話でそこまで悲観することじゃない。
ただ相手が男で親友で相手のお膳立てまでしてきたと言うだけで、俺が新しい恋を探さなかっただけ。
そう思うのに、友達として傍にいるしかないのに、このおもいはすてられそうにない。
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