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1、登場人物・ストーリー

この物語はすべてフィクションです。 実際の団体、企業、宗教、地名など関係はございません。 【登場人物】 ・永江 匡(とこしえ きょう) 24歳。都市開発会社に勤めるサラリーマン。 あまり物事に熱くなったことがない。良く言えば冷静、悪く言えば淡泊。そのせいで恋人ができても続くことはなかった。無趣味。無感動な匡に対して感情豊かな弟がおり、両親からはほぼ放置されていた。 就職に失敗し、ブラックな都市開発会社に所属するがそれについても淡々と受け入れている。開発現地での事業参加のため、現地商店街のアパートに一人暮らし。 ⇒永江は「とこしえ」の音から(晴嵐が長生きなので)。匡は救う、正すの意味から。 ・晴嵐(せいらん) 大陸から渡ってきた道士だが、修行中に雷に打たれて死亡。道術により尸解仙(肉体を脱ぎ捨てた仙人)として日本に留まる。 山の神の元で地域を見守っていたものの、信仰が薄まりどこかへ隠れてしまった山の神の代わりに留守を担う。 何百年と仙人をしているうちに霞をそのまま食すことに飽きてしまい、町へおりては勝手に台所を拝借している。仙人のくせをして色々な霞料理に挑戦している。 ⇒晴れの日の霞の名称。 ・山の神 切り崩される予定の山に住まう神。仙人となって行き場を失っていた晴嵐を山に迎える。信仰心が薄まったことにより、晴嵐に後事を託して姿を隠した。名前の登場のみ。 【ストーリー】 《起》 都市開発事業のため、郊外のアパートで一人暮らしをする匡。その耳に、テレビからおかしなニュースが流れてくる。留守中の民家に何者かが侵入したが、なにも盗らずにキッチンで鍋を使った形跡があったらしい。事件の場所は隣町で三件ほど。おかしな犯人だと思いながら、匡は仕事へ向かう。 夕方、匡が帰宅すると台所に人影があった。それは仙人の晴嵐であり、鍋で霞の塊を茹でていた。晴嵐は、匡の会社が切り崩す予定の裏山に住まいこの地域を見守っているが、人間の台所を拝借している。 匡から見ればただ白い雲のような霞。あまりにも美味しそうに食べる晴嵐にやや興味がわき、台所を貸すことを提案する。 《承》 たびたび料理のために匡宅へ通うようになる晴嵐。自然と夕飯の食卓を一緒に囲むようになる。 晴嵐は自分が大陸から渡来した道士であり、その修行中に死んでしまったことを語る。また、調理をした霞の美味しさについてなどもあわせて語る。なにものにも無感動に生きてきた匡にとって、晴嵐の食への追及や興味は目を瞠るもので、思わず笑みがこぼれていた。 ある日、晴嵐は霞の収穫に匡を連れて行く。宙を浮くための「気」を口移しする晴嵐だが、とくに他意はない。そして二人は朝焼けの中を散歩する。神秘的な光景を目の前に、こんなに心が震えたことはないと感動する。霞の中で思わず晴嵐に口付けるが、その意味は伝わらず「あいさつ」とごまかす匡。 《転》 ある日、代休をとって一日中料理をして過ごした二人。しかし唐突に、晴嵐は体が痛いとうめく。痛い痛いと言う晴嵐は匡に「あいさつ」をしてほしいと願う。あいさつとは、朝焼けの中でした口付けのことだった。理由を問うと、あの時とても優しく穏やかな気持ちになったからだと答える。それに応えて口付ける匡。晴嵐は少し落ち着いたようだが、辛そうなのには変わりはない。 匡は思い当たることがあり外へ飛び出した。一人で走って向かうのは晴嵐が住むという裏山。そこでは予定が前倒しになったと作業員たちが木を切り倒し始めていた。これが痛みの原因だと確信する。 匡は雨が降る中着の身着のままで山を登り始める。ちょっとしたハイキングコース程度の山ではあるが、普段着では困難な道のり。ぼろぼろになりながら頂上へ辿り着く。 頂上につくと天へ向かって叫ぶ匡。「自分の山さえ守れなくて、なにが神だよ! 山のひとつくらい守りやがれ!」その叫びを遮るように、匡の元に雷が落ちる。気絶する匡。木の陰から、ひょこっと鹿が頭を覗かせる。 《結》 次に匡が目を覚ますと、病室のベッドだった。晴嵐に見守られて体を起こす匡。晴嵐は匡に抱き着く。どういうことかと聞くと、晴嵐は瞳を潤ませてテレビをつける。レポーターが興奮気味に、山で幻の鹿が見つかったことを語っていた。 「君の信仰心に応えて、神がお戻りになったんだ。だから私もそろそろ国に帰ってみようかなって」そう寂しげに言う晴嵐に、匡は口付ける。「これはあいさつじゃない。愛してるってことを伝える証なんだ」と強く抱き締め合う。 退院直後、匡のアパートで結ばれる二人。欲を持ち過ぎ仙人失格だと落ち込む晴嵐に、匡は会社を辞めることを告げる。「会社を辞めて、この町に住んで、この町の人間になる。だから一緒にいてほしい」 数日後、仕事から帰宅する匡。台所で匡のための料理をする晴嵐。山の神による修行が長引いて、夕飯が遅くなった旨を謝罪する。晴嵐は裏山で再修行を始めたのだ。 一緒に囲む食卓がこんなに愛しいと、噛みしめる二人だった。

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