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第9話

(大丈夫……大丈夫――……)  なぜ時期ではないのに、急に発情期が訪れたのかはわからないが、そもそも楓の発情期は軽く、抑制剤さえきちんと飲んでいれば外に出ても問題はない。だから何も心配をする必要はないのだ。 (でも、なぜ……)  暫くして漸く冷静な思考回路が戻ってくる。相変わらず抑制剤のよく効く身体だ。しかし思考が戻ってくると同時に疑問が浮かび上がる。  確かに楓の発情期は不定期だ。しかしいつもなら少し熱っぽいだとか、身体が重いなどの予兆があった。それになにより、つい一週間ほど前に発情期を終えたばかりだ。なのに今日、急に発情期を迎えた。 (力の強いアルファに接触したからだろうか)  アルファに接触しただけでは発情期は誘発されない。そんなことになれば、そもそも悠と交友関係を結ぶことなどできない。悠もそれなりに力の強いアルファだ。その悠にも誘発されたことはないから楓は安心しきっていたわけだが、先程の彼は悠よりも更に力の強いアルファなのだろうか。  鎮まりつつある身体を引きずるようにベッドへと近づき身を投げた。ボフリと柔らかな布団が身体を受け止めてくれ、緩やかな眠りの中へ誘われる。このまま眠ってしまえば、スーツはぐしゃぐしゃになるであろうし、風呂にも入っていない。それでも抑制剤の副作用もあってどうにも身体を起こす気にも、閉じようとしている瞼を持ち上げる気もおきない。明日は休みだ。もういいだろう、と楓は逆らわずに眠りに身をゆだねた。  もう二度と会うことはないだろう。そう思ったのに、アルファの彼と翌日も会うことになる運命だと、穏やかに眠る楓は知る由もなかった。

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