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第1話

もう何度目の失恋だろう。 「やっぱり俺、結婚することにした」 その言葉は何度目だろう。今回は長続きすると思っていた。ヘテロはやめておけ、と何度も言われた。 好きだ、愛してる、なんて、何度囁かれても、最後はいつも一緒。 「あっそ、わかったよ。お幸せにな」 まるでなんでもないように、少し笑って別れた。 中村一郎…28歳。身長178センチ、中肉中背、どこにでもいそうな平凡な男。ただ、平凡じゃないのが性癖。人の嗜好に対して、何を持って平凡って言うのかは微妙だけど、まあ、とにかく。好きになる相手は、いつだって同性。しかも、相手は全員ヘテロだったやつら。つまり、異性愛者に惚れる傾向にある。…もうその時点で不毛。 「ぁー…今回は、長続きした方だけど…」 人の気配さえない、薄暗い真夜中の公園。人のいる場所から、離れたいと、近くのコンビニで缶チューハイを買い込んでこのベンチに決めた。 …ついさっき、失恋した。飲んだっていいだろう。 「あー……」 ボロボロと目から水が溢れる。飲んだチューハイが全部そこから出てるんじゃないかってくらい、出てくる。 今回は、…いや、今回も、だ。今回も…結局同じ理由で振られた。異性愛者に惚れて、また同じ繰り返し。これで、人生5度目の別れ話だった。 「結婚することにしたってなんだよ。つまり、相手がいたってことだろ?」 今回付き合った相手は、バーで知り合った。向こうから声をかけてきた。見た目は俺のドンピシャ好み。話しているうちに、どんどんいいな、って思う部分が増えていく。もちろん、警戒はしていた。 案の定、やっぱりヘテロで(あのバーには興味本位でやってきたのだと言っていた)、結末はなんとなく見えていたけど…、彼の方から、付き合おうと言われて、二つ返事で答えた。 そこから、一年付き合った。今日は、付き合い始めた記念日だ。 「記念日に振るってなんだよ。一年ジンクスは破れないってことか…」 今までだって一年以上続いた試しがない。いつだって、付き合ううちにのめり込んで惚れ込んで、尽くして尽くして…そしていつも同じ結末にたどり着く。自分から惚れた相手にほど、振り向いても貰えず、運良く振り向いてもらえても、結局同じ理由で振られる。 その度に、ヘテロは…やめようって思うんだけど…惚れた相手がヘテロなんだから仕方ない。 「あーー…切ねぇ……」 3本目の缶チューハイを開けると、グイッと煽り飲む。もう涙と鼻水で顔だけ土砂降りを浴びたみたいになっていた。幸い、誰の気配もない。猫の子一匹さえいない。世界中でたった一人になったような公園。大の大人が号泣するには、打って付けだ。 「もう恋なんてしない!本気になんか、なるもんか…!」 グイグイと酒を煽り、ベンチの背もたれに盛大に寄りかかって星空を見上げる。 「…あー……なんだよ…星くらい…見えたっていいだろ…」 涙で滲んだ先には、まるで俺の心をあらわすかのように、どんよりした雲がキラキラのお星様さえ隠していた。涙が止まらない。ほんとに、好きだったんだ…、別れを切り出されて、笑って幸せにな、なんて…あの場で泣かなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。 (ホントは、話があるって言われて、少しだけ期待してた) 付き合って1年目の記念日だったから…なにか…サプライズ的ななにか…例えば、一緒に住もうとか、そんな話が…あったりするのかなって、……期待は見事に裏切られたけどさ。 別れ話をされる度に、俺は、嘘がうまくなった。本当は泣いて縋りたいくらいなのに、笑って、幸せにな…なんて。 「だって、縋って泣いて…なんになる?」 勝てるわけなんて、ないんだよ。結婚したい、子供を作りたい、身を固めないと親が……そんな理由を持ち出されて、俺に勝ち目があるわけが無い。 缶チューハイを傾けると、既に中身はなかった。空き缶がコロッと手から落ちる。カンカンカンカン、と軽くなったそれが甲高い音を立てて転がると、一気に悲しくなった。 「おれだって、しあわせに、なりてぇよぉ……」 先程まで散々泣いていたのに、まだ涙が出てきた。ぶわっと溢れ出した感情に、わんわんと声を上げて泣き出した。恥も外聞も…残ってねぇ…。何も、残ってない。 「あの…」 誰かの声が耳に聞こえてきた。 「あの、大丈夫ですか?あまり泣きすぎると、脱水症状になりますよ」 声の方を見ると、そこには、こんな真夜中のこんな公園にはあまり似つかわしくないような、ピシッとしたスーツ姿の、少し強面ではあるが、まぁまぁの色男…。シラフの男がペットボトルに入った水を差し出して自分を見ている。 「あんた…誰?」 しゃくりあげながら、そんな間抜けな問いかけをしてしまった。あまりに出来すぎたシチュエーションに、現実離れした存在に、ちょっと判断力が低下していたのかもしれない。 「私は、鬼ヶ原正義(おにがわらまさよし)と言います。…あなたは?」 おにがわら…まさよし。なるほど、キリッとした顔立ちに、良く似合う名前だ。眉も上がって、目尻もシュッと…。髪もきちんと整えられて…。体つきも悪くない。きっと女にモテるエリート、って感じだ。俺とは正反対。順風満帆に人生を送ってそうな…。恋も仕事もこなしてますって感じが出てる。 「俺は、ただの一郎」 平凡な名前。 「…多田野一郎?ですか」 「そ。ただの一郎…」 ごく普通のどこにでもいる…。 俺は、なんとなくヤケになっていたというか、卑屈になってて、自分が哀れに見えて…それを誤魔化すように、目の前に現れたこの完璧男の顔を驚きと嫌悪で歪ませてみたくなった。 「なぁ、あんた。俺の好みだから特別にタダでいいよ」 差し出されていたペットボトルの水を受け取り、逆の手で彼のネクタイをぐいっと引き寄せてやった。親切心を装って下心で近寄ってきたナンパ野郎なのか、純粋に親切心だけだったのか、どちらにしても、今のやけっぱちの俺には、単なる八つ当たりの対象にしかならない。 ポカン、としている男は、嫌悪や驚きとは程遠い顔つきでじっ、と俺を見ていた。 興味が湧いた…、というのか、理由はわからないけど、心が少しだけ、動いた気がした。ヤケになってた…、人肌が…少しだけ恋しかったのかもしれない…。また、後悔するとか、後先考えず…今を埋めてくれる存在に縋ってしまった。

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