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突然だが俺、雨宮順平は男に恋をしている。 切っ掛けは、そう。 命を助けてもらったことからだ。 ……あの日はとても雨が降っていた。 雨が降っているだけでも憂鬱なのに、不幸とは重なるもので俺はその日に限って寝坊してしまったのだ。電車に乗り遅れないように俺は階段を一つ飛ばしで下りていた。…想像してくれれば分かるだろう。雨で濡れている階段を一つ飛ばしで勢い良く下りていればどうなるかは。 ……そう、ご察しの通り俺は足を滑らせ、階段から落ちてしまったのだ。 そのとき俺はもう死ぬんだと感じた。 しかし重力に従って急降下しているというのに、周りがスローモーションで見えていたのを今でもはっきりと覚えている。 そんな俺を掠り傷一つ負わさず助けてくれたのが、俺の想い人…、武宮雷さんだ。放心している俺の身体をゆっくりと床に下ろした後、武宮さんは何も言わずに立ち去っていったのだ。 お礼すら言えずに、行ってしまったあの人。 そのとき俺が武宮さんにお礼と謝罪を言えていたならば、恋愛感情など芽生えていなかっただろう。言えずに事を済ませるのは嫌で、俺は武宮さんに礼を言うべく友達に手あたり次第情報を訊ねたのだ。 最初に名前が分かり、次に同い年だということ、何処の高校なのか、それから住所。…そして電話番号。 俺は礼を言うべきためだけではなく、情報を集めていく内に、いつのまにか武宮さんのストーカーになっていたのだ。 だから武宮さんに対していつから恋愛感情が芽生えていたのかは、俺にもよく分からない。 もしかしたら名前が分かったときからかもしれないし、命を助けてもらったときからかもしれない。それはもう今となっては分かることができないのだ。 …………そして、俺は。 武宮さんに恋をしているのだと自覚してしまったことにより、奥手な俺は未だに恥ずかしくて武宮さんに礼も謝罪も言えていないのだった。 「ねえ、お兄ちゃんどう思う?」 「……あー、」 ここで冒頭に戻らせてもらおう。 俺は妹の彼氏に恋をしているのだと。情報を集めていく内に分かったのだが、俺の妹は武宮さんと付き合っていたのだ。だから妹の彼氏だということを知ってから、武宮さんに恋をしたのではないということだけ分かってもらえたらいい。 まあ、でもどちらにせよ妹の彼氏に恋をしているという事実は変わらないのだけれど。 「雷君、私に手出してくれないんだよ。男のお兄ちゃんからしてどう?これって私のこと興味ないって意味なのかな?」 「…大事にされているって意味じゃないのか」 「そうかなぁ」 決して略奪しようなどとは考えていない。だけれども、想い人との性関係を俺に相談してくるのは勘弁だ。叶わない恋だけれども、俺は武宮さんのことがいまも変わらず大好きなのだから。 「でもキスもしてこないんだよ?」 「え?キスもしてないのか?」 「キスどころか、手も繋いだことないよー」 まじかよ。少し嬉しいとか思っちゃった。 ごめんよ、愛する妹。心の底からお前の恋愛を応援できない兄を許してくれ。…なんて、許してもらえるわけないよな。 でも確か、もう付き合って半年経つんじゃないのか? …武宮さんはプラトニックな付き合いがお好みなのか。忘れないようにこれは後でメモをしておかないと。

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