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第95話*ある人の一日*

朝。一部の隙も無く髪をまとめ上げ、皺ひとつない白い付け襟を鏡でチェックし、 キュッとエプロンを腰に締める。 す━━━。静かに襖を開ける。 『お布団のご使用が無い。では昨夜もご寝所に』 また静かに襖を閉める。 『ご寝所でお休みになった翌朝は少し食が細くなるので、クコの実の粥でも作りましょうか』 『それから花嫁様は人の子だと、また進言しないといけませんかしら?』 ふう。と小さくため息をつき朝餉の準備を進めた。 昼。掃除をしていたら窓枠からカラスがコンコンとくちばしで突いてきた。 「あら?ずいぶん懐いた感じのカラスね」 窓を開けるとバサリと入り込み腕に止まる。足には文がついていた。 カラスから文を取り、目を通す。 「あら。あなた灰羽様のおつかいなのね。ですが先日あなたのご主人様はお館様を怒らせて しまいましたからねえ。今来ると焼き鳥確実でございますわ。《死を覚悟しての訪問を》 一言したためカラスの足につける。さあ、ご主人の元へお帰りなさい」 「キヨ、入浴の準備は」 「あ、もう大丈夫です。それよりアタシは今まで通りでいいんですかねえ?」 「どういうことです」 「いえ、もともとアタシの仕事は入浴の時に逃げ出さないようにご一緒する従者でしょう。 花嫁様はもうお館にいますが、アタシが一緒でも全然抵抗が無い」 「花嫁様は風呂のない所で育っていましたし、知識がない分こういうものだと思っているのでしょう。急にキヨがいなくなるのは得策ではありません。今のまま接してください」 「花嫁様!お館様のお帰りが近いからと言って廊下を走ってはいけません。御髪が乱れます。花嫁様は常に愛らしくお迎えしなければ」 「はーい。ごめんなさーい」 「おかえりなさい天我」 「うむ。帰ったぞ。おれのすみれ」 天我は愛おしそうにすみれの頬をなでる。 「何か変わったことはなかったか」 「いいえ。何も問題はございません」 「そうか」 「ですが花嫁様のお体のアザにつきましては若干お話したく」 「アザ?」 すみれが首をかしげる。 「うわっ!キヨか!す、すみれ。お前は何も聞かなかったことでよいのだぞ」 「ではお館様。お時間を少し」 「わかった・・シマ・・」 『また天我、シマさんに怒られるのかなあ?』

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