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梅霖の夜の

 深夜、中原中也は目を覚ました。  遠くに聞こえるのは降り続く長雨の音。厭に眠気を誘う音でもあるが、此の時期ともなると湿度が増し余計に暑苦しさを高めるだけでもあった。  寝台の上で寝返りを打つと間近に在った太宰治の顔。一瞬だけぎょっとして目を見張るが、泊まりに来ていた事を思い出すと安堵の一息を吐く。 「だーざい」  声を潜めて寝ている太宰に呼び掛ける。こんなにも無警戒で寝入る姿を見る事が出来るのは自分だけの特権かもしれない、と密かな優越感に浸り乍ら片手を伸ばし波打つ黒い横髪をそっと耳に掛ける。  ――接吻位しても罰は中らないだろう。  恋仲なのだから、と勝手な理由を付け僅かに上半身を上げ顔を近付ける。 「……夜這いなんて、浪漫だね」 「男だからな」  寝ていると思っていた太宰は当然起きていて、にやりと笑みを浮かべたかと思えば自ら顔を近付けて刹那に唇を触れ合わせる。 「眠れないのかい?」  太宰は片脚を上げ中也の足の甲へするりと触れる。 「少し目が覚めただけだ」 「ならば私と同じだね」  二人の足許は交差し、既に目蓋を落として居るのかも判らない状態で向かい合った儘笑みを零す。 「……其れにしても、暑いね」 「もう直ぐ夏だからな」 「中也、冷房の操作器」  何かを思い付いたように太宰は突然上半身だけ起き上がる。 「冷房は未だ早ェだろ」  湿気が高いとはいえ、冷房を付ける程の熱帯夜でも無い。勿論太宰が少しでも暑さに弱い体質であるならば異論は無いがそういう訳でも無い。 「善いから善いからっ」  心無しか太宰の声が高揚しているように聞こえる。寝室の電灯を落としている為其の表情迄は確認出来なかったが、何かを企んでいるという事だけは中也にも解った。今冷房を入れても寒いだけだと思い乍らも中也は腕を伸ばし枕許を弄る。  直ぐに指先に触れた冷房の操作器を手渡すと、太宰は躊躇う事も無く冷房の電源を入れる。 「うおっ、寒ィ」  室内に吹き込む冷風に中也は足許に置いてあった毛布を手探りで引き寄せる。 「私も入れて」  うきうき声の儘、太宰は中也が被る毛布の中へと身を滑り込ませる。其の瞬間に中也は太宰の目的を察した。  自然と弛む口許が此の暗闇のお陰で見られる事も無いと安心し、潜り込む太宰の腰に手を回して引き寄せる。 「……手前、狙ってやがったな?」 「当然」  楽しそうな声色で太宰も中也の背中に手を回す。二人は再度脚を絡ませ雨音を子守歌の代わりに聴き乍ら再び其の目を閉じた。

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