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エピローグ
着信音で目を覚ました。枕もとの携帯を見ると、このところ頻繁にかかってきている番号からだった。
うんざりしつつも、いい加減相手を確かめるか、着信拒否設定した方がいいと思うが、どうにも面倒で放置していた。しかし相手も意地になっているのか、無視すればするほど頻度を増してきている。
そして鳴りやまない音に苛立ちを募らせ、勢いに任せて電話に出た。
「もしも……」
「ルエル!」
どちら様と尋ねる前に、相手の方から叫ぶように名前を呼ばれた。その声量にも驚いたが、何よりも声の主に即座に思い当って、咄嗟に携帯を取り落しかけた。
「良かった、やっと出てくれた。番号は変えてなかったんだね」
ルエルは言葉を失くすほど動揺してしまうのを感じながら、赤い携帯を握りしめた。こうなることを予想していなかったわけではないのに、電話帳から消すことはできても、着信拒否までできなかった自分の甘さを悔いる。
「エドウィン……」
「そうだよ、僕だよ。しつこくてごめん。でも、何も言わずに屋敷を出て行くなんてひどいよ」
「………」
エドウィンの声からは、とてもあの時のような悲痛な様子はないのだが、声だけでは何も分からない。そして、もしエドウィンが何ともなくなったとしても、ルエルはもう彼と平常心で接することはできなかった。
「ルエル、僕、絶対君に会いに行くよ。居場所には見当がついているんだ。だから……」
「エドウィン、やめてくれ」
自分の声が思ったよりも泣きそうに響いた。電話越しのエドウィンもそれを感じたよううで、口を噤んだ。
「無理だ。俺は、お前に合わせる顔がない。俺とお前は、元々相容れない関係だったんだ。お前の過去のこと、全部聞いた。人格を作り出してまで忘れたい過去だったのに、その過去そのものの俺に愛だの恋だの言ってくるのはあり得ないことだ。俺も狂っているが、お前も十分狂っているよ」
「ルエル……僕は……」
「その感情は、愛じゃない。そうだろう?本当は何が目的なんだ」
電話の向こうで沈黙が落ちる。何かを言いかけて躊躇っているのか、それとも。
唐突に、電話越しに喉奥で笑う声が響いてきた。
「何がおかしい」
「別に?ルエル、君だけが僕の過去に触れたと思っているみたいだけどさ。僕もルエルが出て行った日、自分の過去を思い出したんだ。何度も何度も何度も、寝ても覚めても真っ赤な血が周りにある幻覚さえ見えたよ。でもさ」
次の瞬間、電話越しにだが彼が現れるのを感じた。
「俺が殺した奴らの血に違いないな。過去に見た光景も確かに振り返ったが、あの晩、どういうわけか俺たちは頻繁に入れ替わる中で、それぞれの記憶を共有してしまった。そのせいか、余計に負荷がかかってイカれた頭が更にイカれちまってよ」
「………」
襲い来る吐き気を堪えながら歯を食いしばっていると、エドウィンは言った。
「俺はなあ、確かに殺人鬼が憎かった。俺が一番殺したかったのは奴だ。俺たちの人生をめちゃめちゃにされたんだからな。だが、奴はあっさり死刑されていった。俺たちのように犠牲にされた人間は大勢いるのに、あいつの命一個で足りるのかと。答えは否だ。だが、俺も奴に対する恨みが積もりに積もって、殺しに手を染めた。いくら表の俺が善人に成りきっていたところで、結局は自分も奴と同類というわけだ。そこで俺は思いついたのさ」
続けられた言葉に、ルエルは息を呑んだ。
「罪人を裁くのではなく、こき使いながら更生させる方法を。その対象がお前になったのは単なる偶然……いや、もう一人の俺、つまりは俺の一部がお前を選んだからだが。そして、結局殺しをさせたのはさせたが、あれは無差別とは違って正当な仕事だからな。悪の道に染まったなら染まったで、それでとことん食っていく方法もあるんだよ。だから、警察にも追われなかっただろう」
「あれは、てっきりエドウィンが警察を黙らせる方法を知っているからだと」
「バカ言うな。俺はいくら殺しの技術を磨こうが、豚箱に入るのだけはごめんだ。そろそろあいつがうるさいから、変わるぞ」
まるで電話を別の相手と変わるように、エドウィンは再び切り替わった。新しい一発芸でも聞かされているような感覚だ。こう思えるのも、肩の荷が少しは降りたおかげだろう。
「ルエル。あいつが何を言ったか知らないけど、僕は記憶が戻っても、君が……」
「好きだから、だろ?急にあんたの顔が見たくなった。会いに行ってもいいか」
ルエルが台詞を奪ってそんなことを言うと、エドウィンは分かりやすくはしゃいだ声を上げた。
しかしその直後、インターホンが鳴って見に行くと、ドアの向こうに立っていたのは。
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