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第6話
-こひぞつもりて-
重之さんを孕ませたはいいが、だからなのか他の人たちをまた誘い込むようになった。俺の子を身籠ったから、もう他の人の子を身籠る心配なんてなくセックスできる、そんなつもりなのかも知れない。大きくなっていく腹に容赦なく他人のモノを突き立てられて、俺は何も見なかったことにして帰宅していない演技(ふり)をする。俺は許すよ、元旦那 とは違うのだ。娘はまだ帰ってこない。どうせ恋人 を見つけたのだろう。心配はある。俺は継父 なのだから。未世の相手、重之さんの大切な姻戚を見定める必要 がある。
リビングの扉の前に立ち尽くし、俺は息の詰まって重苦しい胸を引っ掻いた。華奢な木の板一枚隔てた向こう側で重之さんは他の男を受け入れて、揺さぶられて突き上げられている。知識としては問題ないと聞いているが、あの腹には俺との子がいる。
『あ…あっ、あぁ、!』
両膝の裏側を持ち上げられ、まるで重之さんの穴は道具だとでも言わんばかりに乱暴に、深々と咥え込まされている。俺たちが睦んだソファの上で。
『んぁ…、だめ、そこイイ!もっと、あっあっ…ぁ、』
吐き気がした。俺の子を殺す気なんじゃないかって。自然な帰宅を装って一度俺は外へ出る。玄関のドアを鳴らさないようにと注意が払えるほどにはどこか冷静であったが、それでも、だからこそ生々しく寝取られている光景が生々しく映った。知らない男の汚い肌がソファに接していることも嫌悪感を助長する。そして悦んで脚を開いて、よがり狂う重之さんにも得体の知れない気味の悪さと恐怖感を抱いた。車庫と家の中間にある蛇口で嘔吐 く。脂汗が滲んだ。あの臭そうな男の欲情と熱気で蒸した部屋で果たして暮らせるのか。この家全体に俺を拒むような結界が張られたみたいだった。吐き出す物は何もなかったが、胃袋がひっくり返されるような不快感だけは治まらず、空回りしたような息でどうにか不調を整える。
「入らないの」
冷めた娘の声が後ろから聞こえた。俺を通り越して玄関扉を開く。思わず呼び止めてしまった。
『ただいま、パパ』
物音が止まる。重之さんの声も止まった。何事もなく娘はリビングの脇を通り階段を上がっていった。
『おかえ、りッ未世ちゃ、あっ!ぁんぁあ!』
すでに娘は階段を折り返していた。慣れなければならないことなのか。膝が震えたまま俺も玄関を上がる。
『おっ、おっ、ぁ…ィく…ぅ!』
ソファが壊れるほど軋んでいる。リビングの扉を開ける手も震えていた。何と言ったらいい。重之さんを傷付けてしまうのか。逆恨みされはしないか。俺の子を宿しておきながら、俺を拒みはしないか。
「パパ、買い物行ってくるから」
目の前が真っ暗になっていた。後ろに着替えた娘がいたことにも気付かなかった。まるでコントのように音が止む。
『あ…ああ、未世ちゃ…っんぐ、く…ッ気を、付けていくんだよ…っぁひ、』
娘は、「そういうことだから」と言わんばかりに俺を一瞥した。俺も娘を追うように玄関を出る。ブロック塀に消えかける娘を呼び止めた。付き合いだけは嫌でも長いはずだが、知らない面 をしていた。普段と変わらない顰め面だというのに。理解を示すような、同情するような、そういう色を帯びていた。呼び止めたのは俺だが、何も言う気にはなれなかった。振り返った同い年の娘は無言の俺に背を向ける。
「家庭を持っても色恋沙汰に勤 しむ権利があると思わない?パパは人の親でも人の夫でも収まれない。パパの快楽 を考えて。パパ想いの継父 さんなら分かるでしょ」
娘は商店街のほうへ歩いていく。いつか俺が言ったことだった。
「慣れていってよね。継父 さんのお家でもあるんだから」
娘は一度だけ俺を振り向いて捻くれたように笑った。
「おい」
「何、継父 さん」
毒々しい響きだった。心にもなさそうに娘は俺を呼ぶ。
「重之さんの腹の子は、俺の子だよな」
俺は自分で何を訊いているのか分からなかった。この女に訊いてどうするのだろう。ただ欲しい答えは決まっていて、それを誰からでもいい、この女の口からでも聞きたかった。
「産まれたら、検査してもらえば」
娘は他人事のように言った。まるで興味を示さない。求めたものとは違っていた。
「産まれたら…?」
「心配ならそれなりの手段を選んだら。パパが悪いんだし。腹の子のことまでわたしの知ったことじゃない」
「でもお前の同胞 になるんだ」
娘は俺をじろりと睨んで、それからはもう俺のことを消したみたいだった。商店街へと消えていく。重之さんの腹の子は俺の子ではない、と言われているような気した。俺は家に帰って、それでもまだ玄関を開けられないでいた。公園で時間を潰し、日が暮れた頃に帰る。重之さんは何食わぬ顔で俺を迎えた。まだリビングには俺のでも重之さんのでもない精の匂いや、体臭、汗臭さが残っているようで、直に密着したソファになど座れたものではなかった。不思議な顔をする重之さんに負け、俺は嫌悪感を堪えて腰を下ろす。出されたコップも食器も、実はあの見ず知らずの男が使っていたのではないか、俺の知らないうちにもっと数多くの男たちが出入りしていたのではないかと妄想が広がって、不快な唾が溢れて止まらない。身体は吐きたがっている。約束を破った男は俺に媚びたみたいに笑っている。膨らんだ腹を撫で摩って、俺にも同じことを求めている。俺は元旦那とは違う。誰の種と結び付いたのか分からない腹に手を伸ばす。誰の子を愛でている?俺と繋がる前に、すでに?触れる前に手が引っ込んだ。
「陽 くん?」
俺は固まった。重之さんが知らない人みたいだった。この人に惚れた自分ごと、まるで知らないものだった。
「どうしたの?」
「いや…トイレ」
上手く誤魔化せるはずがない。笑ってやることも出来ない。短距離走をこなしてきた直後のように息が切れた。頗る気分が悪かった。あの娘を想って立派な父になる、他の人とセックスしないと約束したはずだ。いつから破られていたのか。俺は何も知らずに過ごしていた?娘は気付いていたのか。いつからこんな生活に身を置いている。父親の交合いの音を横に?俺は元旦那とは違う。トイレを通り過ぎ、風呂場へ向かう。洗面台に手をついて、吐き気に身を任せたが、結局喉が内側から押し返すような不愉快な反射をしただけで、胃液は出てこない。だが止まらない生唾を濯ぐ。腹が重苦しく疼く。
「大丈夫かい?」
追い込んでくるみたいに重之さんが立っていた。もう言ってしまうか。だが家庭が壊れはしないだろうか。俺の生活はもう重之さんを中心に回っていて、俺の居場所はここにある。
「重之さん…」
「うん?」
何の後ろめたさもないのか。他人に抱かれて、平気な顔をして俺の前にやってくる。腹を撫でろと言って。だが俺はあの元旦那 とは違う。重之さんを許す。この拒否感にいずれ慣れるはずなのだ。重之さんの肩に触れる。この人が好きなはずだ。愛しているはずだ。ここが居場所のはずだ。
-ながめせしまに-
長い旅行から帰ってこない。そんな気分だった。ナルの写真も持っていない。本人から送られてきた画像を眺めて、思い出に浸っては、反省をするのが趣味になっていた。まだ死んだということに納得がいっていない。目の前で轢かれたけど、まるで悪い夢だったのだと頭は処理して、何よりわたしがそう思い込んでいたかった。
考えたくないことが他にもある。
――重之さんの腹の子は、俺の子だよな
わたしはある可能性を見出してしまった。手の指足の指、陰茎21本で数えてもまだ足らない、倍以上は関係を持っていると思う。だからわたしがお父さんだと認識している人が生物学的父親とは限らないということ。今までまったく考えてもしなかった。継父 の子かどうかも正直なところは分からないけどあの期間にパパと関係を持った人はわたしの知る限りはいないはずだった。お父さんと会っていたみたいだけど、さすがにまたお父さんに手を出すはずない。ナルに姪や甥ができる嬉しさはわたしの根底の意思に反発したみたいに確かにあったけど、同時にわたしと同じ目に遭わないことが寂しく思えた。
そろそろパパと継父も落ち暑いて解散してる時間帯だった。1階に降りて、遅めの夕食を求めたけど、聞こえたのは昼間の延長で、相手がきちんと正規の人ってことだけ。心配なんてする必要、なかったんだよ。継父は初めて目の当たりにしたみたいで蒼褪めていたけど、継父だって他の奴等と同じようなもの。わたしからしたら。だってわたしの生物学的な親はパパとお父さんだから。もう聞き慣れた物音と多分生まれる前から傍にあったパパの喘ぎ声。誘うみたいにみんなあの声を出すけど、あんなのは鼾やくしゃみや咳みたいなもので、何の足しにもならない。それでもパパが誘い込む奴等のだらしのない声は抑制剤として役に立つ。わたしにとってはね。でもパパにはそうじゃない。パパの嬌声もあの人たちにとったら。
ここでリビングのドア開けたらどうなる?
抗いがたい興味が湧いた。寝静まってもいないこの時間に、家族共有スペースで事に及んでいるのがいけない。自分を正当化して、それに自己正当化というよりも理想的な一般家庭の決まり事にもならないことだと思うけど、それでも空気を読むとか気を遣うとかやりようはある。
わたしは扉を開けた。ソファの上でパパと継父は営んでいた。生クリームかけたみたいに結合部は泡立っていて、身重の腹に容赦がない。でもそれはパパにも言えたこと。わたしはすぐ隣の台所でパパと継父のセックスを見ながらご飯を食べる。もう完全にトんでるパパはわたしのことに気付いても継父を急かして、継父はわたしの登場に驚きはしたけど反応しないでいたら躊躇いがちに再開する。狂った家庭の自覚はある。廃れていく。寂れていく。パパの破綻した欲望に。
「あっあっあああ、中出して、い、いよ…」
「は…、んッ、まだですよ…」
ソファが軋む。もうそろそろ壊れるだろうな。わたしが何度もアルコール除菌ティッシュで拭きまくったせいで表面はぼろぼろだし、何度も体重かけて揺さぶられたせいで肘掛は折れそうだし、背凭れも背面が裂けてる。埃ばかりが舞って、虚しくなる。
「中に、ほし……ぁ、奥当たっ、…も、だめ、」
「まだです。まだ足りません」
肌と肌のぶつかる音が激しくなって、何を食べても味を感じられない。乱れた食生活のせい?多分だけど、これからパパはもっと1日のセックスの時間が長くなって家事なんて出来なくなって、継父に頼りきりになって。わたしはお父さんが置いていってくれたお金でインスタント食品を買い溜めて。自分用のポットを買ったんだ。継父はどう生きていくの。
「ほら、娘に謝って。可哀想に」
肌のぶつかる音が止まった。そういう遊び方してたんだって感じだった。娘を出汁 にして、盛り上がってたんだ。
「未世ちゃ、ごめ…んね、未世ちゃ…、未世ちゃ…あっ、あっぁっ」
パパは突き上げた腰を揺さぶって自分で継父に押し付けて、回すみたいに動いてた。心臓を抉られる、って大袈裟な表現だけど、多分驚いたんだろうな。なんかお父さんのことは関係ないのに、あの優しくてかっこいい人を嘲笑われているような気がした。
「は、ぁンんっ、く…ぅん、」
「見られていますよ。見られながら前 いじめられるのが好きなんですね」
わたしのことなんてただのセックスの出汁に過ぎないと言われているみたいで。可愛がられていた記憶は本物だと思っていたいのにな。でもお父さんのこと、裏切ったでしょ。そこにわたしは勘定されていたのかな。継父とパパは向かい合う体位に変わって深く口付ける。継父の薄くて骨張った手がパパのお尻の肉を掴んで突き上げた。ナルに手の形が似ていて、こればっかりはわたしも直視が出来なくて目を逸らした。血を分けた存在なんだと思い。でもナルと継父のさりげない外観的な類似点を認めるたび、わたしはわたしとパパの根幹の同じ部分を肯定しなきゃいけない気がして怖くなる。血って怖い。遺伝って。きっとわたしもナルを軽んじて忘れようとして、消そうとして、他の人のところに行っちゃうのかな。パパと継父っていう罪と罰が傍にあるのに。
「キ、ス…きもち…ぃ……」
「キスしながらするの好きですもんね」
食欲が失せていく。音にも見た目にも。継父の作る料理は家庭の味の違いってやつなのか斜め上の味ってわけじゃないけどちょっとの出汁の違いとか具材の違いが合わなくて、でも少しずつ内側から継父の家に染められている気がした。わかめとたまねぎを揺らして沈殿していく赤味噌も、わたしの家では使わない。肌がぶつかる音は控えめに、ソファがしつこく軋む。座る継父を跨いでパパが腰を振る。陰ってよくは見えないけど、パパの穴 に出入りしてるのだけはなんとなく見えた。目を背けて、残すわけにもいかないご飯を流し込む。食べた気はしないけど夜中にお腹が空かなければいい。明日からは部屋で食べよう。手料理にこだわる必要はない。継父の家庭に染まるなら尚更。
-ふりさけみれば-
イタズラ電話がかかってくる。重之から。電話の奥でくぐもって押さえ込んだ声が雑音混じりに聞こえて、相手は多分1人じゃない。鼻息とかも小さく。最近の電話って後ろの音をカットしてくれから、かなり間近のものなんだろうな。重之にそのシュミがあっても、僕は知らない人の鼻息聞かされて悦べる癖は持ってない。ぞっとしながら律儀に通話は繋いでおいた。もしかしたら、可能性として、淡い期待だけれど、重之が何か言ってくれるんじゃないかと思って。他の人との行為で漏れる甘い声を聞かされて僕の中心も熱くなる。まだ好きな人だから。僕のことをもう見てちなくたって、他に好きな人がいたって。昔は僕だけが聞けた声なのに…否、いつだって重之は僕だけの人にはならなかった。それでいいと思っていたのに、段々と欲は膨らむばかりで、それでも重之には僕以外に色んな人がいて。
『ぁ…あ、あっあっあっ!もっと…強…ぁんッ』
辛抱堪らずに炙られて暴発しそうな自身に手を伸ばす。
『ぁ、抜いちゃ、や……あっ、』
息が荒くなって身体が火照った。重之が抱かれている。情欲に弱いカラダを弄ばれて。僕も重之の快楽に中 てられて、被虐的な妄想にソコは硬く芯を持つ。まだ好きな人が喰い散らかされて、彼はそれに悦んで、僕は喪失感に酔って。
「…っふ、ぅ」
長らくひとりで処理してきたのに視界がちかちかするほど気持ち良くて、こんなはずじゃなかったのに僕は僕の性的な嗜好をどんどん重之に作り変えられていく。重之は僕を大切な人にはしちゃくれないくせに、僕は重之のものになっていく。僕は重之の竿でもいい。内面なんて否定されて、ただ僕のカラダを貪って、重之がそれで気持ちいいなら、僕は重之の甘い声を聞いて死んでも。
『ぁ、ん、んっん、ぁ…奥、そんなぁッ、』
「…ッ、」
擦り上げる手が止まらない。精神も耳も重之に犯されている。肉体的な交わりを凌駕して、そもそも僕は重之に犯されて、喰われて、もう骨も残らないみたいだ。
『ィく…イっちゃ…や、ぁ!』
重之が達してしまうときに漏らす、喉が引き攣ったみたいな声が聞こえた。限界が近い。僕もそれに合わせるみたいに茎を扱く。固くなって、先端から溢れる体液でよく滑って、唇を噛む。粘膜に刺さる歯の痛みさえ、快感に変わって下半身に響いた。
『んっンンッんっ、あ、ぁ…好き…!』
先端を往復する手が早まって、重之に告白されたみたいな錯覚を起こして蒸発するほどの熱さが胸を襲って、激しい快感に僕の身体は制御が利かないまま、節々に電気が走る。肉棒の中を精が迸り、断続的に番いのいない子種が飛んだ。冷静になっていく頭が今度は告白された相手に執着を示す。
『あっ、イく…!そ、れ…好き…!それ好きぃ、っんあッ!』
揺さぶられている間隔が狭まっているのが声の跳ね方から分かった。
『い、やぁ…あああ…っ』
聞いているだけでまた果ててしまうほど色っぽく鳴いて重之は果てたみたいだった。もう一度解放を望む肉体と虚しくなる気持ちにおかしくなりそうだった。僕もどうしたいのかもう分からなくなっていた。
『ぁ…ぁ…未世、ちゃ…見な…で、見…』
もう一度ラウンド始まりかけていた僕のそこは瞬く間に萎んだ。耳を疑う。今何と言った。娘の名を口にしなかったか。焦燥に興奮とは違う息切れを起こす。未世がいる?未世に見られている?あの子は重之の淫乱な体質を知っていた。それでも現場に居合わせているなら話は別だった。ひた隠して遠回しに彼女は僕に訴えていたのかも知れない。ただ知っていた、だけでは済まない荒れ果てた生活の中にあの子は身を置いている?あの子の不安を読み間違えていたのかも知れない。ゾっとする不安がまた別のところにあった。一般常識でいえばあり得るはずない。でも絶対に無いとは言えない。重之の理性のトんでしまう苛烈なまでの発情ならば、いつかは。
僕は通話を切った。時間なんて関係ない。誰がいようが関係ない。あの家に向かっていた。胃袋が破れたみたいな心地だった。柿本家の玄関をインターホンも忘れて蹴破った。鍵も掛けていない不用心さがどこか他人事だった。何足もある靴を目にして一瞬で喉がカラカラになった。リビングに飛び込む。音は立てていたはずなのに誰も来訪者になど目もくれない。
「あひぃっ、あっああ…っ!」
何人もの男に抱き上げられて、腹の膨らんだ重之は数本の男根を受け入れている。不健全な光景だった。少し腫れた胸の先端には銀色が輝く。ソファには脚を組んで寛ぐ、重之の今の旦那がいた。何事もないようにくるりと僕をみる。
「何をされても気持ちいいんだねぇ…淫乱なパパだなぁ」
「ああ、また出ちゃうよ。中に出していいよねぇ?」
「おっおっおっおおおお!」
「あっあっ、ダメ、きつい!お腹破れるぅっ」
外野の盛り上がった声に、重之の今の旦那が何か言ったけど、何ひとつとして聞こえなかった。
「赤ちゃん潰れるッ!赤ちゃんがっぁ!あっ!んんっ…」
「ああ…じゃあぼきの子孕んでよ…」
「おほぉ、重ちゃんのきっつきつおまんこでおちんちん溶けそうだよォ」
「奥でぶちまけてやるからな!しっかり穴締めるんだぞ!」
僕を見上げる綺麗な顔がまた何か言った。多分、重之を軽蔑した僕を非難する言葉。それからきっと、重之に対する愛の誓い。
「おっおお…奥、熱い…」
触手みたいに蠢く腕の中で重之は痙攣する。グロテスクにさえ映った。もう透明な飛沫を上げて、胸を波打たせて白目を剥く。膨らんだ腹を無遠慮に支えられて、片脚を持ち上げられて。妊娠した人にする体勢じゃなかった。
「貴方に彼をどうこう言う筋合いはありませんよ」
今度はしっかりと聞こえた。思わず、この若造から目を逸らしてしまう。両膝を着かされ、重之の口に薄気味悪く光る陰茎が突き立てられる様を見るはめになった。
「未世はどこだ?」
「すぐそこにいるでしょう」
腕を組んで、重之の今の旦那は僕の後ろを顎でしゃくった。びっくりして僕は振り返った。その瞬間にはったりかも知れないと思ったのに、確かに未世はそこに立ち尽くしていた。虚ろな目で、まるでゾンビに喰われているみたいな父親を眺めていたけれど、僕が振り向いた瞬間に目が合った。表情筋が衰えたみたいな顔だったのに、ふにゃりと眉や目元を歪めて大きく澄んだ瞳に水膜が張る。僕は彼等に背を向けて未世を腕に収める。リビングから引き摺り出して、階段前まで連れて行った。目線を合わせて膝を曲げる。もう若くないんだな、と膝と腰にわずかに走った痛みの兆しに苦笑した。娘は堪えながらも涙を零して僕を見つめる。大きくなっても僕の娘だった。艶々の髪を撫でてみる。同僚や上司が「娘に嫌われてる」「この前とうとう一緒に洗濯しないでって言われた」「ママばっかりにべったでさ」と話していたけれど、僕たちは止まってしまったままで、嫌われるほどにも甘やかしていなかった。
「一緒に暮らそう」
もし未世がいいって言うなら。そう続ける前に娘は強く強く頷いた。もうこの子の前では、父親の親友って設定になっていることも忘れていた。ただ暗黙的な確信で、互いに理解している気がしていた。
花束を包むセロファンがきらきら太陽を照らして揺らめいていた。来年になったらまた来るよ。逆さまにされたペットボトルが小気味良い音をたてる。アスファルトに冷えた水が染み込んで、細かな石の凹凸の間を流れていく。結露したビニール袋が小さく鳴り、未世は剥いたアイスの一口目を僕にくれた。爽やかな風味が鼻腔を突き抜け、パリッとしたチョコの食感を引き立ててその甘さを緩和する。あの子が好きだったんだ、と呟いて歩き出す。口の中に清涼感がまだ残っている。
「お父さん」
娘は僕をそう呼んで、少しだけ成長した手が僕の掌を掴んで、僕は年甲斐もなくまだスースーする鼻を啜った。
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