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第1話
寒い寒い冬の事、今日は街がとても賑やかなイルミネーションで飾られていた。
鐘の音で始まる音楽、今日はケーキとおもちゃがよく売れる日でケーキ屋さんやコンビニなどは外に出てケーキを売っている。
おもちゃが入っている箱の袋をぶら下げて父親が子供と手を繋いで道を歩く。
誰かが空を見つめて指を差し「あ、雪だ」と口にした。
何人かの人がその声を聞いて足を止めて空を見つめる。
すると空から冷たい雫がぽつりぽつりと頬を濡らした。
一瞬雨でも降ったのかと思っていたが、その正体は肉眼で見えるほど白くゆっくりとゆらゆら揺れて地面に吸い込まれていく。
子供達がはしゃぐ声が聞こえて、大人達も歓喜のため息を吐いた。
パタパタと走る中、俺も地面を踏みしめて歩き出す。
色鮮やかな光で街の中心に存在を主張する大きなクリスマスツリー。
緑色と赤色の装飾が目立つ街並みに、サンタクロースの格好をしてケーキを売るアルバイト。
今日は12月25日、今年はホワイトクリスマスとなった。
家族と過ごす人や友人、恋人と過ごす人がほとんどだろう。
俺は一番近いのは友人とクリスマスを過ごすだろうか。
友人でもあり、俺にとっては家族とも言えるだろう。
俺は自分を生んでくれた本物の家族の顔を知らない。
まだ言葉が話せない赤ん坊の頃に施設に捨てられた。
それはちょうどこんな寒い冬の日だったと聞いている。
だからか院長先生は俺を冬月 と名付けた。
生まれた時の名前がなんだったかなんて知らない、この名前が俺の名前だ。
俺が暮らしている児童養護施設『ひまわりの園』は赤ん坊から18歳までの男女の子供達が暮らしている。
俺はまだ17歳だが、高校卒業したらひまわりの園を出て新しい暮らしをする。
両親に捨てられたから不幸だって思われたくない、誰よりも幸せになってやるんだ。
ひまわりの園に帰ると「冬兄!お帰りなさい!」と子供達が玄関に駆け寄ってくる。
俺は目線が合うようにしゃがみ一人一人の頭を撫でる。
何人か髪が冷たい子がいた、もしかして帰ってくるまで暖房がある暖かいリビングじゃなく寒い玄関にいたのか?
今日は部活で少し遅くなると言ったのにと思うが心は温かく嬉しく思った。
小さな手に引かれリビングまで誘導してもらった。
寒い場所から急に暖かなリビングにやってきたからか指先がひりひりと痺れる。
リビングでは院長先生や職員達と一緒にふざけながらリビングを飾り付けしている子供達がいた。
キッチンには中学生から高校生までの少女達が料理を作っている。
他の少年達は手伝う気がないのか大きなテレビでゲームを楽しんでいた。
俺はソファーにカバンを置いて院長先生のところに向かう。
「院長先生、俺も手伝う事ありませんか?」
「あら冬月くんおかえり、じゃあこれ持っててくれる?」
ふくよかな体の院長先生はシワだらけの顔を優しげに深めながら俺に電気コードを手渡した。
この電気コードを差し込めば立派なクリスマスツリーは街の外にあった大きなクリスマスツリーと同じ輝きを見せるだろう。
ひまわりの園のクリスマスパーティーがより華やかなものになるだろう。
そして準備もクリスマスの内、楽しみ…パーティーが始まった。
いつもより豪華な食事がテーブルに隙間なく埋められる。
食欲がそそられるとてもいいにおいが鼻孔を擽る。
皆好きなおかずに手を伸ばして、口いっぱいに頬張る。
俺も箸をからあげの山に伸ばす、こんがりときつね色の美味しそうなにおいがする。
からあげとかいつぶりだろうか、ひまわりの園は寄付金で運営しているから豪華な食事などは年に一度…クリスマスの日にしか食べられない。
何故なのかは分からない、ただクリスマスの日はなにか収入があるのかと思うほどに違う。
「メリークリスマス!」
大きな声が聞こえて玄関に続く廊下のドアに皆体ごと視線を向ける。
そこにいたのは真っ白な胸元まである髭に赤い服、子供達は目を輝かせて食事などそっちのけで椅子から慌てて降りて駆け寄る。
サンタクロースがやってきたとはしゃぐ子供達を微笑ましく見つめるサンタクロースはとっくに信じていない俺達。
大きな袋を重そうに床に置いて腰を叩いて、でも子供達には笑って応える院長先生の旦那さん。
今年で60歳ではなかっただろうか、大変だなと俺はサンタクロースの手伝いをしようとからあげを口の中に放り込み、椅子から降りた。
そわそわしていて落ち着きのない子供達を一列に並ばせる。
「俺、配りますよ」
「そうかい?悪いね、はっはっは!」
豪快に笑うサンタクロースに袋を受け取るとずっしりと重かった。
白い布で出来た袋の中身を覗くとそこには名前が書かれたシールが貼ってある包み紙が見えた。
俺は並んだ順にシールの名前の通りに子供達に配った。
大きさは様々だ、この前サンタクロースに手紙を書くと院長先生が言って皆で書いた。
その書いたプレゼントが入っているからいらないものが入っているという事はないだろう。
そのプレゼントは年齢関係なく皆平等に用意されている。
クリスマスをバカにしていた少年達だがプレゼントはほしいのか貰うと嬉しそうにしていた。
そして最後の子にプレゼントを渡して、やっと終わったと安堵した。
サンタクロースから「お疲れ様!」という声が聞こえた。
もう列には誰もいなくて、俺は袋の中を覗き込んだ。
そこには中くらいの一つのプレゼントが置いてあった。
シールには「冬月」と書かれていた、俺のクリスマスプレゼントだ。
袋の中に手を入れて俺の名前が書いてあるそれを取り出す。
感触から分かるちょっと大きめの本のサイズだった。
サンタクロースから送られたその本を大切に抱き締める。
俺は今日この日を心待ちにしていた、ずっと欲しかったものだ。
バイトをすればすぐに買えるのだが、ひまわりの園はバイトを禁止している。
何故かは分からない、院長先生は子供達が寝た後に帰ってきたら子供達が可哀想だと言っていた。
そういうものなのだろうか、まぁ確かに帰ってきた時起きたい気持ちも分かる…子供の頃は兄ちゃん達が学校が終わってすぐに帰ってきたら嬉しいものだった。
「冬月!何貰ったんだ?」
「隼人 」
養護施設の中で一番仲がいい隼人が最新ゲームソフトを持ってやってきた、隼人のプレゼントだろう…ゲーム好きな隼人らしい。
俺がまだ袋を開けてないのを見ると隼人が急かすような声を出す。
あまり遅いと俺からプレゼントを奪い雑に袋を開けそうな勢いだった。
中の本まで破かれたくなくて俺は袋の封を丁寧に剥がした。
ビリビリという乾いた音が耳に届き、袋が大きく口を開けた。
中のものを取り出すと気になっていたのか隼人が覗き込む。
「料理本?」
「そう、しかも今人気の本なんだ!」
聞いたのは隼人なのに興味がすぐになくなったのか気のない返事をする。
確かに隼人にとっては興味がないだろうが、俺にとって宝物になるかもしれないのにな。
俺の将来の夢は飲食店を経営して、お客さんを料理で幸せにする事だった。
小さい頃からひまわりの園で院長先生達の手伝いをしていた。
そこから料理を作る楽しさを知り、ハマっていった。
いつもは俺も料理を手伝っていたが女の子達は女の子だけで作りたいと言っていたからクリスマス料理は作らなかった。
今の時代、ネット社会で調べればすぐに料理は出るだろう。
でも俺達子供は大勢いるからスマホを持っていない、毎回院長先生達のスマホを借りるのは申し訳ない。
本ならそんな心配もしなくてすむからサンタクロースに頼んでいた。
前は学校の図書室から本を借りていたが、自分の物が手に入り嬉しかった。
明日は何を作ろうかな、寒い季節が続くとニュースをやっていたから鍋物なんていいかもしれない。
新しい本を開いてそんな事を考えていると、小学生の子供達が俺の腕を引っ張った。
嬉しそうにプレゼントでもらった車のおもちゃを見せてきて、微笑んだ。
子供達はクリスマスソングを歌い、皆ニコニコ幸せそうに笑っていた。
院長先生がクリスマスケーキを持ってきてさらに湧いた。
俺は幸せだってこの時、確かに思った…確かに感じていたんだ。
平和ボケしていたと気付くのが早かったらきっと俺は……
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