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第3話
空が真っ黒で雨雲が覆い、綺麗に輝く星屑達を隠してしまう。
雨がパラパラと降り注ぎ地面に跳ねて水溜まりを作る。
水面を眺めながら体を小さく丸めて座り、ぼんやりと考える。
ぐぅ…と腹の音が鳴り、そういえば今日は何も食べていないなとため息を吐いた。
俺には生前の記憶がはっきりあり覚えていて、この地に転生した。
名前はエル、普通の一般家庭で生まれた…自己紹介出来るのはそれだけだ。
俺は両親に捨てられたんだ、まだ5歳である俺の背中を押して馬車から降ろされ走り去っていく馬車を呆然と眺めていた。
生前の記憶があったってこの世界の文字は知らない文字だし、知識なんて役に立たなかった。
そして俺は貧乏な家だったから食いぶちを減らすために捨てられた。
あの日も頬に冷たい雨が撫でていて、俺の体は泥の中に沈んでいた。
元々綺麗ではなかった誰かのおさがりの服だったが、泥で茶色く汚れてしまいさらに貧しく見えた。
あてもなくただ歩いていてお腹も空いて、力が出なくなる。
俺の他にも何人か家がない子供達がいたが、皆食べ物がなくて死んでいった。
通行人達は皆見てみぬふりで、たまに目が合うだけで殴られている子もいた。
何故そんな事をするのか俺には理解出来ないし、したくもなかった。
俺も公園の水だけしか飲んでいないからもうそろそろ限界が近かった。
生前は幸せを夢見て人生の幕を下ろしたが、俺はどうやっても幸せになれないのだろうか。
この街並みと奥に主張する国のシンボルのような大きなお城、そして俺の名前からしてここは日本ではなく外国だという事が分かる。
国の名前は、なんだったか…誰にも教えられていないから読み書きも出来ず知らない。
倒れた俺の前に、パンが見えた…走馬灯まで見えるとは…
走馬灯だと分かっているが、すがりたくなり手を差し伸ばす。
すると走馬灯の筈なのにちゃんと手の感触があり触れた。
それからは無意識だった、袋を開けてパンにかぶりついた。
何日ぶりの食事だろうか、それは涙が出るほど美味しかった。
慌てて食べていたからか、噎せてしまって誰かに背中を擦られた。
「…誰も取らないからゆっくり食え」
「うっ、誰?」
涙で視界がぼやけてよく分からないが男だという事は分かる。
声は少し高いから子供だろうか、まさかこの世界に優しい人がいるなんて思わなかった。
お礼を言おうと口を開いたがその前に視界がぐらぐらと歪んだ。
久しぶりのご飯でお腹が満たされたからか、うとうとと眠気が襲う。
手を伸ばして目の前にあるものにしがみつく、暖かい…余計に眠くなる。
俺の体は泥まみれで汚いのに、優しい手つきで撫でてくれた。
その手に甘えて、ゆっくりと夢の中に身をゆだねた。
久しぶりに見た夢はとても不思議なものだったと記憶している。
それは生前にやったあの乙女ゲームのオープニングだった。
貧乏の家で生まれた少女リリィ、お金がなく…人間だというだけで学校でいじめられていた。
でもリリィは毎日明るく過ごしていた、いつか幸運が舞い込む事を信じて…
そんなある日、騎士団の世話をするメイドを募集する張り紙を見つけた。
騎士団も差別社会の象徴のような存在で、自分のような人間を雇ってくれるわけはないと思っていた。
でもチャレンジしなきゃ分からない!を口癖にしていたリリィは騎士団の扉の門を叩いた。
攻略キャラクターは4人で、軽い雰囲気の騎士団長・クーデレの年下の技術者・盗賊団の俺様団長・魔法使いを大量虐殺しているクールな悪役令嬢の兄である闇の魔法使い。
俺が特に心に残っているのは闇の魔法使いである元騎士団長だ。
彼はこの差別社会を最も嫌い、差別の象徴と言われている騎士団に疑問を持っていた。
そしてある事がきっかけで彼はこの国の敵となってヒロイン達と戦う事になった。
俺も差別は許せないと思う、生前孤児だとバカにされていたから気持ちが分かる。
今だってそうだ、俺を見る人の目がとても怖く感じた。
でもだからといって彼は許される事をしているわけではない。
人を何人も殺している彼は、バッドエンドもハッピーエンドも死んでしまう。
彼のエンディングを見る度に悲しい気持ちになってしまう。
このゲームは決められた選択肢を押すと導けるのに彼を助ける事は出来ない。
罪を犯したなら償ってほしかったのに、とあの時の気持ちを思い出して胸が苦しくなった。
夢の中の筈なのに涙が頬を濡らして止まらなくなる。
誰かが頬を撫でて拭いてくれたような気がしたが、それが誰かは分からない。
※※※
体が暖かいものに包まれている、久しく感じる事がなかった温もりに頬が緩む。
少し焦げ臭いにおいもする、何処かで火事でもあったのだろうか。
頭を撫でられた心地よさを感じてゆっくりと目を開ける。
視界に写ったのは宝石のようなキラキラした真っ赤な瞳だった。
「!!!???」
鼻がくっつきそうなほど至近距離で顔を近付けられていて口から心臓が飛び出そうなほど驚いた。
跳ねるように後退りすぎてベッドから転がり落ちた。
ベッドで寝ていたのか、ベッドなんて生前以来寝ていなかったな。
少年に手を差し伸ばされて、起こされてベッドに座る。
ここは何処だろうか、少年の家?…眠ってからの記憶がなくてなんで家にお邪魔しているのか思い出せない。
それに何故彼の顔に安心出来たのだろうか…どこかで見たような…
こんなに美しかった人にあったとしたら忘れないのにな。
「悪いな、いきなり連れてきて」
「…あ、いえ」
「そうだ、お腹空いてないか?これ食べる?」
そう言った少年はサイドテーブルに置いてあった土鍋を見せた。
中身は多分お粥を作ろうと思ったのだろう、真っ黒になっている米が固まっていた。
焦げたにおいはこのにおいだったのか、火事じゃなくて良かったとこっそり胸を撫で下ろした。
少年は苦笑いして「料理はいつも料理人に作らせるんだけど今いなくて…無理に食わなくていいぞ」と申し訳なさそうにしていた。
初対面の得体の知れない俺のために料理が苦手なのに作ってくれたなら嬉しい。
生前裏切られた事もあるけど、今まで無視していた人の中で食べ物を与えてくれたこの人は信じたい。
彼も小学生くらいの見た目だし、裏表はなさそうだと感じてスプーンで黒い物体を掬い口に運んだ。
シャリシャリぬちゃぬちゃ変な感触に口いっぱいに広がる苦味が凄かった。
少年は無理しなくていいと言ってくれたがパンしか食べていなかったし、次はいつご飯が食べれるか分からなかったが完食した。
「……完食してくれた子は初めてだ」
少年はそんな事を呟き頬を赤くさせて、嬉しそうにはにかんでいた。
サイドテーブルに完食した食器を置いて今さらだけど今の服装に気付いた。
泥で汚れた服を着ていた筈だが今着ている服は真新しい真っ白なシャツにズボンですべらかな触り心地からして高級なものだというのが分かる。
少年は俺が寝ている時に風呂に入れて綺麗にしてくれたらしく「勝手に入れてごめん」と謝られたが俺が感謝する事はあったとしても謝る事は何もない。
ごはんも食べさせてもらって風呂まで入れてもらってこんなにしてもらっていいのだろうか。
俺はしてもらってばかりで何も返せない、どうすればいいんだろう。
「こんなにしてもらって…お、俺…何でもします!」
「そんなの気にしなくていい」
「でも、それじゃあ俺の気がすまないんです!使用人でも何でも言って下さい!」
「使用人はいっぱいいるからなる必要ない」
「…で、でも」
「その代わり、俺と家族になってくれないか?」
少年はそう言って俺に微笑んだ、何処かその顔は儚げで寂しげに見えた。
家族?それって俺を養子に迎えてくれるという事なのだろうか。
俺なんかでいいのか?うまい話には裏があるとは言うが信じない事にはうまい話にも乗れないよな。
そもそもまた外で暮らしたら、今度こそ死ぬかもしれないから選択肢はもともとなかった。
少年は家族が誰もいなくて周りには使用人の大人ばかりで寂しかったのだと教えてくれた。
俺が捨て子だと身なりで分かり家族になってほしくて連れてきたと照れくさそうに話していた。
人生が詰んだ不幸だってずっと自分を恨んでいた、こんな幸福があっていいのだろうか。
「初めて見た時に、キラキラと光る瞳に目を奪われたんだ」
俺の容姿なんて何処にでもいるような黒髪黒目の普通の顔だぞ?
少年のような絶世の美少年だったら是非欲しいというのは分かるんだけど。
物珍しい珍獣を見かけたようなちょっと鼻息荒く興奮しながら話す少年を不思議に思いながら俺は頷いた。
こんな俺で良かったら、家族になりたい…それで恩返しが出来るなら…
年齢的に親子は可笑しいから、俺は今日からこの人の弟になった。
俺は捨てられる前呼ばれていた名前を少年に教えた。
「俺の名前はエルです」
「小さいのにしっかりしてるな、家族なんだから敬語はいらない」
中身は17歳だからな…とはさすがに言っても分からないだろうから言えず曖昧に微笑むだけにした。
少年は俺の顔をジッと見つめてきて俺の顔になにか付いているのかと思って首を傾げると、笑って誤魔化された。
なんだろう、家族だから隠し事はなしとは隠し事をしている俺は言えずもやもやだけが残った。
少年は覚えるように「エル、エル」と何度も口にしていて恥ずかしかった。
生まれてからこんなに名前を呼ばれた事がないってほど呼ばれた。
俺の名前は捨てられた時からもう誰にも呼ばれる事はないんだと思っていたから嬉しかった。
「じゃあ今日からお前はエル・イスナーンだよ」
「……え?」
「俺の名前はゼロ・イスナーン、よろしく…俺の可愛いたった一人の家族」
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