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プロローグ

あの日も確か、こんな雨が降っていた── サァァ…… 細く静かに降り続く雨は、遠くの景色を容易く遮り、ぼんやりと白んで幻想的な世界を映し出す。 ……ぽちょん、ぽちょん、 屋根の先から滴り落ちる、雨垂れの音。 高くて澄んだその音色が、僕をあの日へと(いざな)う。 『好きだった……』 あの日聞いた大空(そら)の声を、合わせたふたつの瞳を……まだ、心が覚えてる。 「……実雨(みう)」 背後から囁かれる、優しい声。穏やかな息づかい。 熱い肌と肌を重ね合わせた後の、緩く気怠い空気と余韻が、まだこの部屋に薄く漂っている。 僕にしてくれた腕枕とは反対の腕が視界の端にスッと映り、その直後、僅かに熱の引いた肌が僕の背中を包む。 「……何、考えてるんだ?」 「………」 畳の上に敷かれたひと組の布団。 ぴたりと密着されたまま、半分程開いた格子窓の向こうをぼんやりと眺める。 「──ううん」 「まさか、大空の事………」 「……ぇ、……、っあ、ん、……」 柔く食まれる項。 僕の胸をいやらしく揉みしだき、小さな尖りをキュッと摘まむ。 「………だとしたら。……少し、妬けるかな」 頭に敷かれた腕を引き、片肘を付いて上体を起こした彼は、僕の肩を掴んで軽々と仰向けに倒す。 少し、熱情を帯びた瞳──だけど、寂しそうに潤んで揺れる瞳…… 優しく抱き締められ、唇と唇を重ねれば……しっとりと肌に湿り気が帯びていく── 大空がそこにいる。 ……そんな馬鹿な事を、僕は未だに感じてしまっている。 特に、こんな雨の日には──

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