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夏に浮かぶ

 俺の通う大学には、雪上競技サークルがある。各種スキー競技やスノーボードを楽しむ人間が集まる場所だ。基本的にガチのストイックな感じではなく、あくまでウィンタースポーツ好きの集まりと言う感じ。  活動としては、冬にスケジュールを組み、泊りがけでスキー場に行って滑る。何人か大会に出るクラスの者もいるが、その中でも俺は異端だと思う。  両親の影響で昔から滑っていて……俺はアルペンスキーで小中高と全国大会に出場した経験がある。優勝こそ出来なかったが、ジャイアントスラローム……男子大回転ならこのサークル内では当然一番上手い。  ……まあ、そんなに真剣に競技に取り組んでる奴も、俺の他にはいないけど。    夏はジムに通う。オフシーズンでも筋肉量を落とすわけにはいかないからだ。でも俺は、とっくに自分の体に限界を感じていた。  まず基本的に少食で、ジムに通っているがそこまでがっちりと筋肉がついているわけじゃない。食べなければ筋肉はつかない。バランス感覚はいい方だし、まあ脚は人より筋肉がついてるかもしれないけど、プロスキーヤーと比べたら全然だ。背も低めで、総じてスポーツに向いた身体ではない。  俺が真剣に雪上競技に取り組む場所を選ばなかったのは、いい加減スキーを気楽な趣味にしてしまいたかったからだ。  もうやめよう。どうせ俺は上を目指しているわけじゃない。目指したところで行けもしない。普通にちょっと滑るだけでいいじゃないか。  何度そう思ったことか。  ああでも、将来本気でやりたくなる日が来るかもしれない。その時にはきっと、ここでサボったことを後悔する……  こうして未練がましくジムに金を払いながら、俺はそんなことばかり気にしていた。    雪上競技サークルの夏は気楽なものだ。毎年夏休みに一度皆で海へ旅行するくらいで、その参加も自由。身体を鍛えたい奴は俺みたいに自分でスケジュールを組んで勝手にやっている。ノルマも何もない。  俺は別にチームプレーの競技をするでもないこのサークルで、いまいち周りとの距離を掴めずにいた。  メッセージアプリのグループトークに、次々と二年生が夏合宿の要項を貼る。夏になると三年生は二年生へサークルの主導権を渡し、二年生は夏合宿が最初の仕切りとなる。四年生はほぼOBのような扱いになるが、余裕のある人は合宿にも来る。  俺は二年だが、当然次期部長になるような器ではない。こういうのは競技の上手い下手ではなく、やはり人望がある人間がやる方がいい。  そう思いはしても、一体どうして彼らの周りにはあんなに人がいて、俺はサークル内に友達すらいないのか……どうしても考えずにはいられない。    今年の夏も、海水浴場に隣接するいつものホテルで、二泊三日。去年と同じだ。ホテル側も慣れたもので、「今年は何名様ですか?」と聞かれたらしい。  約二十人ほどが大学の最寄り駅に集まる。そこから頼んでおいたバスに乗り込み、ホテルを目指す……のだが。  俺は一番前の座席で、早速青い顔をしてぐったりとしていた。そこへ後ろの騒ぎから逃げるようにやってきた男が、当然のように俺の隣に座る。  俺は唯でさえ身体が不快なのに、気持ちまで不愉快になって、露骨に顔を顰めた。   「冬馬、具合悪ィの?不思議だよなぁ。すげー滑れんのに、乗り物は駄目なの」 「…………」 「……藤池、具合悪いのか?」   「……別に、大丈夫……」    馴れ馴れしく呼ばれて無視を決め込む。だがいつもの呼び方に戻されて、俺は仕方なくぼそぼそと返事をして、窓に頭を預けた。俺の隣の金髪イケメンは、日に焼けた顔を俺に近付けてくる。   「オイ、やめろ……」   「顔真っ青。水飲む?」    こいつは柳家夏樹。もうなんていうか、名前からしてウィンタースポーツをやりそうにない男だが、スノーボードが中々上手い……らしい。  柳家は同じ二年生で、このサークルを選んだのは「夏が暇そうだから」。何でもこの派手な見た目でモデルをやっているらしく、夏はそれなりに忙しいらしい。らしいらしいと言っているのは、俺がこいつのことを人伝に聞いて知っているだけだからだ。俺は横目に柳家の顔を盗み見た。  ……まあ、確かにこいつの見た目なら、サマーなアイテムを持たせて写真を撮るだけで、そこそこ絵になる気はする……  しかし俺は、馴染めないサークルメンバーの中でも、この男が断トツで苦手だった。基本的に個人競技なので、こういう合宿でも割とバラバラに動くものだが、柳家は事あるごとに何故か俺に構ってくる。  それもセクハラ込みでだ。男が男を触って何が楽しいのか知らないが、昨シーズンはアルペンスキー用のレーシングスーツの上から何度尻を揉まれたか分からない。多分、女性経験が無さそうな俺をからかっているのだろう、このヤリチンは。そんな奴にわざわざこちらが友好的にしてやる理由はない。  柳家はその派手な見た目とモデルをやっている所為なのか、交友が少ない俺でさえこいつが派手に遊んでいると知っている。サークル内でさえ、こいつに抱かれた女が何人もいるらしい。益々もってなんで俺に構うのか不明だ。    水のペットボトルを差し出されたが、俺は緩く頭を振ってそれを拒絶した。が、その際にタイミング悪くバスが揺れ、俺は窓に強かに頭を打ち付けてしまった。ゴン、と硬い音が頭に響く。   「いって……」   「窓なんか枕にするからじゃん。俺の肩貸すよ?」    俺は訝しげに柳家を見た。コイツ、何考えて生きてんだろ……   「あのさぁ、俺だって具合悪そうな奴に手出したりしねーって」    嫌がる相手にセクハラをしている自覚はあるらしい。そんな奴がどうして素直に俺を気遣っていると思えるだろうか。俺は態とらしく身を引いた。   「信用できねぇ……」    ここで柳家は、俺を引っ張って耳元に口を寄せてくる。こういうところが嫌なんだ。   「いつも触ってるから?」    何故か今日はそれにぞくりとして、俺は柳家を押し退けて身体を離した。悪寒だ、これは。間違いない。俺は気怠い身体を起こそうとする。   「も、いいわお前……俺がどっか行けばいいんだろ」   「待て待て、悪かったよ。俺も後ろの騒ぎからちょっと抜けたくなってさぁ。もう邪魔しねーから、楽にしてろよ」   「はぁ……」    俺は深いため息をついて座り直し、目を閉じた。    どうせ具合が悪いだろうと思っていたので、俺は空気を入れて膨らませるフローティングベッドを浮き輪に持ってきていた。去年砂浜でぼーっと海風に当たりながら、こういうのがあればいいと思っていたので、百貨店のサマーグッズコーナーで見かけたものを買っておいたのだ。  色は青。明るい色の方が水の上で目立って人気らしく、青は余り気味だった。  俺は別に目立つ必要もないし、海の家で空気入れだけ借りてそれを膨らませ、さっさとそれに寝そべる事にした。今日は曇り空だったので、日に焼ける心配もない。    しかし全く、本当にツイてない。俺が寝ている間に、バスの中で部長が「同性と隣同士に座って下さい。はい、今日からその人と同室でーす!」と発表したらしく、目覚めた俺は信じられない思いで柳家からその報告とカードキーを受け取った。  なんでセクハラ野郎と一緒の部屋に泊まらないといけないんだよ。   「あれ、冬馬……それ」  柳家が俺の荷物を見て何か言っていたが、知ったことではない。あと冬馬って呼ぶな。   俺は荷物を置いて素早く着替えると、柳家を置いてさっさとホテルを出た。それから時折水分補給をしに浜へ戻りながら、俺はフローティングベッドの上で海に揺蕩っていた。  波が砂浜を撫でる音と、フローティングベッドにちゃぷちゃぷと水がぶつかる音を聞いていると、陽射しもない今日はまた眠くなってくる。しかしこんなところで眠って波に攫われてしまうわけにはいかない。俺は時折身体を起こして海水を搔きながら、ぼんやりと過ごした。  一度浜へ視線をやったとき、女に囲まれた柳家がこちらを見ていたような気がしたが……流石に気のせいだろう。ヤツがセクハラをしたりするから、神経が過敏になっているに違いない。ああそういえば同室になったんだった。サイアクだ本当に……    誰かに頼んで部屋を変えてもらえないだろうか。俺は再び目を閉じながら考える。部長が「部屋替え厳禁でーす」と言っていたらしいが、その情報を寝ていた俺にもたらしたのは柳家だ。ヤツが都合の良い話をしている可能性もある……実際そうなんじゃないか?いや、いくらセクハラしてくるとはいえ、ヤリチンが俺とそんなに同室でいたい理由もないか……  とはいえ代われるに越したことはない。次に起きて浜へ戻ったら、見かけた誰かに頼んでみよう……  俺は欠伸を一つ噛み殺して、ビニールのベッドの上で眠りに落ちた。    冷たい、と思った時には、とんでもない土砂降りの中にいた。ハッとして身体を起こすと、雨のせいで随分薄暗くなったビーチから、人々が慌てて避難しているところだった。これは夕立というより、ゲリラ豪雨だ。  俺も慌ててビーチへ戻ろうとする。が、うっかり寝てしまった為に、危ないほどではないが浜から少し離れていて、出遅れてしまった。   「冬馬!」    柳家が俺を見つけて、慌てて海に飛び込む。俺は流石にもう名前の事で無視をしたりはせず、素直に柳家に助けてもらった。   「ありがとう……皆は?」   「もうホテルに戻ってる。あと冬馬だけ。取り敢えず早く行こ」   「あ、でもこれ、空気抜かないと……」   「後でいーから、そんなの」    ホテルの入り口通るかなとか、エレベーターに乗れるかな、と思ったが、確かにそれは後でいい。寝ぼける頭で頷きながら、俺は急いでホテルへ戻った。  このホテルも流石に海水浴場に隣接しているだけあって、こういうときの対応も慣れた物だ。フロントの人間が駆け込んできたずぶ濡れの俺達にバスタオルを手渡しながら、もしカードキーが濡れていたらちゃんと拭いてから使うようにと伝えてくる。  俺達は有り難くバスタオルに包まりながら、エレベーターに乗った。  全身びっしょり濡れてしまったので、先にシャワーで温まるべきなのかもしれない。部屋に入りながらそう言うと、柳家は短くそうだな、と言った。   「柳家、先に行ってこいよ」   「いや……俺は後でいい。冬馬から……あ、ゴメン。藤池から入ってこいよ」   「はぁ……もう冬馬でいいよ。助けてくれた訳だし……本当にありがとう」   「冬馬……!」    柳家が被っていたバスタオルから顔を出し、俺を振り返って笑顔を見せる。モデルをやっている程度にはイケメンなその笑顔を強かに浴びて、俺は堪らず視線を逸した。だが……  ハッとした時には、柳家に抱き締められていた。   「は!?お前、何やってんの……!?は、離せよ」   「良かった……無事で。遠くに流されてたらどうしようかと」    そう言われて、俺は身体の力を抜いた。確かにもっと沖合に流されていたらと思うとゾッとする。だが……サーフパンツを穿いているとはいえ、殆ど裸の男二人が抱き合っているのは、絶対におかしい。   「分かった、分かったから。感謝してるって……だから、もう離れろ」   「でも冬馬、身体がすげー冷えてる……」    そう言われて、柳家に触れているところが妙に温かいことに気が付いた。耳元で柳家の声が聞こえる事にもゾワゾワして鳥肌が立つ。コイツ、顔も良い上に、めちゃくちゃ良い声なんだよな……   「鳥肌立ってる。寒いよね」   「あ……っも、耳元、やめろ!」   「なに、冬馬。耳弱いの?」   「ヒッぃ……ッあ」    態と息を吹き込むようにされると、唯でさえ全身を這っている悪寒が背筋をぞくりと駆け下りて、俺は瞠目した。柳家の腿が、そんな俺の股座を押し上げてくる。   「あっゃ……ッおい、ふざけ……ぅぐっ」   「冬馬、勃ってる」   「なっ……違う、これは……」    ぐしょぐしょに濡れたサーフパンツの湿った接触は不快なはずなのに、それだけではない妙な心地もして、俺は震えた。   「シャワー行こっか」    耳の中にそう吹き込まれると、俺は頷くしか無かった。    一体なぜ、こんなことに……  その文字列が頭の中を埋め尽くしながらも、もう身体がすっかり熱くなってしまっていて、俺は柳家の手にされるがままになっていた。  備え付けの安っぽいボディソープを塗りたくられ、滑りが良くなった身体を撫で回される。   「あ、ァ」   「やっぱ冬馬って、すげー綺麗な身体してんなぁ……」   「や、っぱって、なんだよ……ンッ」    柳家が俺の耳朶を齧りながら、脇腹を撫で上げ、胸の突起を押し潰した。それだけで悲鳴のような声が漏れる。   「なんだっけ……あの、スキーウェア。冬馬が着てるやつ……」   「あ……?レース用の?」   「そうそう。普段はあれの上から普通のスキーウェア着てて、大回転のコースを滑る時だけ脱ぐじゃん。そうしたら、綺麗な身体のラインが出てさー……」    そう言いながら、柳家はするりと俺の背後に手を回し、抱き寄せてその手を下げていく。   「んっケツ、触んなッ……」   「こことか、すげーエロくて。初めて大会見に行った時、衝撃的だった。なんだろ、冬馬は筋肉の付き方が良いのか?」   「はぁ……俺は……あんまり、筋肉つかなくて……気にしてんだけど」   「なんで?すげー綺麗だよ。このラインとか」   「あ、あっそれ、ッやめ、ろ」    腿から尻にかけてを何度も擦られて、俺は堪らず腰を引いた。すると身体の隙間にできた空間にその手が滑り込んできて、俺の硬くなった中心に添えられる。しまったと思った時にはもう遅かった。   「ひ、ァ……ッや、なぎ……」   「逃げたら逆効果になることもあるって、まだ気付かねーの?」   「ンぁ……ゃだ、も……擦んな……ッ」    俺が身をふるりと震わせると、柳家はシャワーヘッドを高い方の留め具に引っ掛け、湯を出した。慌てて目を瞑ると、泡を流されながら後ろ髪を引っ張られ、少し背の高い柳家にキスをされていた。   「ん、ンっ……ふ……っぅあ……んッ」    身体を押し退けようと思うのに、力が入らない。俺の方が柳家より鍛えているはずなのに、肝心なときに全く役に立たなかった。   「や、なぎ……や……」   「はあ……たまんねー……ほんとはもっと、ゆっくり……サークル引退するくらいまでに、伝えられたらと思ってたんだけど」   「なんだよ……」   「俺、冬馬が好き。夏のバイトに響かないからここにするかって決めたサークルで、すげー綺麗に滑る奴に会って……それからずっと好きだった……」    褐色の額に貼り付く、濡れた金髪が艶めいていて、俺は眉根を寄せた。すれ違った女が全員振り返りそうなくらいのイケメンが、なんで男の俺に告白してるんだよ。   「お前、彼女とか……いないのかよ」   「いたら告白してねーよ」   「でも……女はめちゃくちゃ引っ掛けてるんだろ?」   「ああ、まあ」    俺は呆れて柳家を見た。ちょっとだけ見上げないといけないのが腹立つ。   「まあ、じゃねーよ!な、なんで、俺……?他にも可愛い子いっぱいいるだろ?ホモってわけじゃ無いみたいだし」   「そんなの俺もわかんねーけど。でも冬馬を見てるとこうなるから」   「あっ」  手を柳家の方へ連れて行かれて、恐ろしく熱くなっているそれを確かめさせられる。   「な、なんで……どこがいーんだよ……」   「……白い肌、短めの綺麗な黒い髪……俺よりちょっと背が低いところ、身体が綺麗なところ……」   「ちょ、ちょっと待て」   「いつも寂しそうなところ、何だかんだ言って優しいところ……まだ聞く?」   「も、もういい……っな、なにがそんなに分かるんだよ……お前に……」   「分かるよ。半年以上、ずっと見てたから」    心臓がバクバク言ってうるさいのは、絶対にこいつが好きだからじゃない。こういうことに、俺が慣れていないからだ。きっとそうだ……   「や、柳家……」   「……もっと触っていい?触りたい。今日だけでも良いから……」    耳元で懇願するように言われて、俺は眉尻を下げた。そんな切ない声で言われたら、拒めるものも拒めない。俺は返事の代わりに、柳家に触れている手をそろりと動かした。    びしょ濡れのままシャワーから出て、一体どうするのか。柳家は部屋の入り口からベッドまでの通路に、俺が海からそのまま持ってきて未だ空気を抜いていない、青いフローティングベッドを敷いた。俺はそこへ寝かされる。背筋が一瞬ヒヤリとしたが、ビニールがすぐに俺の体温を吸って温まった。   「なぁこれ、何で買ったの?」   「はぁ……?何で、って……どうせバスで具合が悪くなるから、寝てようかなって思って……百貨店で……」   「なんだ冬馬、マジで知らねーんだ」    俺が何事かと一度身体を起こすと、柳家は自分の荷物からスマートフォンを取り出して、とある写真を俺に見せてきた。思わず目を見開く。  そこにはありきたりなキャッチコピーを添えられながら、プールに浮かべたこのフローティングベッドに寝そべり、髪を掻き上げるセクシーな金髪のイケメンがいた。   「え、まさかこれ、お前が宣伝してんの!?」   「そー。お買い上げサンキュー」   「うわ……」   「おい、嫌そうな顔すんなよ」   「だって知ってたら……」    買わなかったし……と言いかけたところで、本気で悲しそうな柳家が視界に入る。すると俺も申し訳なくなって溜め息が出た。   「まあでも、今はこれにして良かったと思ってるよ」   「嘘くせー……」    柳家はスマホをベッドに放ると、俺の脚を開いて身体を眺めた。恥ずかしくなって思わず股に腕を伸ばす。   「ほんっと、冬馬は綺麗だなぁ……」   「……モデルやってる柳家に言われても、信じられないんだけど」    俺がそう言うと、柳家はニヤリと笑った。それがまた色気があるので、イケメンは得だなと思う。  そっと手を引き剥がされ、代わりに柳家の手がそこを這い撫でる。俺は信じられないほど興奮している自分を自覚した。  柳家は俺の反応を確かめると、自分の荷物から当然のようにローションのボトルとコンドームの箱を取り出した。流石に目を見開く。   「おま……ッそんなの持ち歩いてんのかよ!」   「何が起こるか分かんねーし」   「サークルの夏合宿で何が起こるっていうんだよ……」    俺が呆然と呟く中、柳家は笑ってローションを手に取った。それを俺のあらぬ所に塗り付ける。尻を揉まれていた時点で嫌な予感はしていたが、やはり俺がコッチらしい……   「こういうことが起こんだよ、冬馬」   「あ、う……」   「俺は男同士なんて経験ねーけど……冬馬は?」   「あ、あるわけねーだろボケ!殺すぞ」   「口わっる……」    柳家は俺の後ろへ指を突き入れつつ、前を扱いた。先程洗われたが、未だにそこを使うとは信じ難い。   「あ、あっ」   痛いような、気持ち悪いような……そんな感覚の間に前をひたすら扱かれていると、押し寄せてくる快感にそれを誤魔化されてしまう。   「うぅ……っあ」    指が増やされ、何度も出し入れを繰り返され、何かを探すように内壁を押し上げられる。それが苦しくて俺は呻いた。   「なぁ……っそれ、やだ……ッ」   「……でも事前情報によると、男も中にイイトコロがあるらしーけど?」   「んだよそれ……ッあ、あっ!?」    くるりと指を捻られたときに、勝手に腰が跳ねた。じわりと気持ちいい感覚が広がって、俺は堪らず目元を両腕で覆った。   「冬馬……この辺?」   「あ、ァッだめ、やめ……ぁあっ!」   「なぁ、顔見せろよ……」   「やだ……っや、あぁ……ッ」    指が出て行くと、何かの封を切る音が聞こえて、俺はぼんやりとそちらを見やる。慣れた手付きでゴムをつける柳家を目撃することになって、俺は一瞬でそちらを見たことを後悔した。   「無理だろ……」   「いけるいける」 「……いや、無理だろ……」    柳家が笑顔を浮かべたまま、俺に覆い被さる。僅かに腰を持ち上げられ、腿の下に柳家の膝を差し込まれて、俺は息を呑んだ。覚悟を決めるしかないと悟る。 「すげー……全部見える」   「う……」   「挿れていい?」   「も……はやくしろ……」    やるならさっさとやってくれと言うと、柳家は笑った。  どんなに難しそうな大回転のコースだって、目の前に来たらさっさと滑り出すに限る。ここまで来たら、もうやるしかない。   「あ、あ……ッ!!」    指とは比べるまでもない差があった。そういう器官ではない場所を無理に押し広げられる圧迫感で息が詰まり、全身から冷たい汗が吹き出す。   「切れてはないみたいだ……けど、キツ……」   「あ、う、ぁあ……」   「ッ……冬馬……痛くねーか?」   「わ、かんな……苦し……ぃ」    俺が呻くと、柳家はいつになく切羽詰まった顔を近付けてきた。唇が重なり、熱い舌が捩じ込まれる。必死で互いの舌を追い掛けていると、柳家は少しずつ腰を動かし始めた。 「ん、んっぅ……あ!ぁっ」     「はぁっ、冬馬……っ好きだ」   「あ、う、ぅっ」    俺がキツい摩擦に眉根を寄せていると、柳家は更にローションをそこへ垂らした。滑りが良くなると、俺の身体の強張りも徐々に解けて、余計に柳家を動きやすくしたようだった。  フローティングベッドがローションを弾いて、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音が響く。   「んっあぁ……ッや、ぁ……っ」   「……っく……冬馬……っ」   「ひ、ぁ!あっ!」    柳家が少し角度を変えると、先程掠めた俺の良い所を強く押し上げられて、俺はまた悲鳴に近い声を漏らしていた。   「あ、あぁっだめ、やばぃ……ッそこ、ぁ、アッ」   「ここ、気持ちいんだ?……顔、すげー蕩けてる」    そんなことを言われても、先程から激しく腰を伝い上がる快感で、表情を気にする余裕なんてない。俺は床に置かれた柳家の腕に手を添え、時折力を込めて握り締めながら、その強すぎる刺激に耐えた。   「あ、ぁ……ッあ」   「冬馬……俺の名前、呼んで」     縋るように耳元で囁かれて、俺は訳もわからず口走っていた。   「な、っき……夏樹……ッ」   「はぁ……夢みてぇ」   「夏樹……俺ッ、も……無理、ぃっ」   「イッていーよ、冬馬。イクとこ見せて」    そう言って目を細め、ジッと俺の表情を見詰める夏樹の顔に気が付いて、俺はその整い具合に思わず見惚れた。  こいつ、セックスのとき……こんな顔するんだ……  快楽に塗り潰される思考の片隅で、そんなことを思った。  数多くいる夏樹に抱いて欲しい女を押し退けて、それが今俺だけに向けられているのは、中々悪くない気分だった。そう自覚すると、身体はますます与えられる刺激に正直になる。   「ぅ、あっあ!いく、も……いく」   「冬馬……ッ好きだ」   「なつ、夏樹……ぃ、あっ!あぁッ!!」  ぐっと腰を強く押し付けられ、俺はそこで身体を震わせた。触られてもいないのに痛いほど勃ち上がっていたそこから、白濁が零れる。俺の中でも、じわりと温い感覚が広がった。   「っく……冬馬……」   「夏樹……んっ」    唇が重なり、俺は達した余韻に鈍る頭で必死にそれに応えた。嬉しそうに俺の上顎を擽る夏樹に、俺は今や完全に絆されかけていた。  一度身体を繋げただけで我ながら単純だと思うが、俺は本当に人付き合いに疎く、ましてこんなことをやったのは生まれて初めてだった。  いきなりこんな印象に残ることまでしてしまったら……もうこいつが俺に飽きるくらいまでは、付き合ってやってもいいかもしれないと……そう思い始めていた。   「はぁ……冬馬、身体へーき?」   「んっ……なんか……じんじんする」    夏樹が出て行く感覚に嘆息する。後からコンドームを引っ張られて、それが出て行く感触にまたゾクゾクさせられた。 「ぁっ、ん……」   「えっろ……冬馬、今すげーエロい顔してた」   「自分じゃわかんねぇよ……」   「はあー……ヤッちゃってから言うのさぁ……自分でもサイテーだと思うけど……。冬馬、俺と付き合ってくんない?」    半ば諦めたように投げ槍に言われて、俺は思わず笑ってしまった。こんなイケメンが振られることを気にして告白する事もあるんだと、それが自分に委ねられているのだと思うと不思議と気分が良かった。   「あー……いいよ、それが本気なら……夏樹が俺に飽きるまで、一緒にいてやるよ」   「……マジで?」   「冗談で男にそんな返事できねぇよ」    今度はこっちが投げ槍になる番だった。溜め息をついて夏樹を見ると、身体を起こした俺へ嬉しそうに抱き着いてきた。   「あー嬉しい。絶対無理だと思ってたから」   「俺も自分の心境の変化が信じられない。っていうか、未だにお前も信じられない……後からなんかの罰ゲームでしたとか言わないよな?」    俺の言葉に、夏樹はショックを受けた顔で身体を離した。深く息を吐かれる。   「いくらなんでも、罰ゲームで男とセックスなんてできねー……」   「それは俺もそうだけど……でもお前は女とめちゃくちゃ経験あるじゃん。慣れてる風だったしさ」   「めちゃくちゃってほどでもねーと思うけど……まあ適度に発散させないと、冬馬を襲っちゃいそうだったし」    とんでもないことを言われて、俺は目を見開いた。そんなに俺の貞操は危険に晒されていたのか。   「襲っ……!?じゃあケツ触ってきたのって」   「あれは……あんなの、しょうがねーだろ。好きなヤツが身体のライン出してたらさぁ」    俺も男なので気持ちは分からなくもないが、セクハラには普通に引いてたので、夏樹のその言い分に呆れてしまった。   「ていうか……女の子達だってやり捨てされたら怒るんじゃねぇのかよ。お前そのうち刺されるんじゃ?」   「んー……最初っからセックスだけって言ってるから、大丈夫じゃねーかな」   「え、じゃあみんなセフレってこと?お前……俺と本気で付き合う気あるのか?」    俺が堪らず再度確認すると、夏樹はニヤリと笑って髪を掻き上げた。そうされると本当に色っぽいので、俺は目を瞬かせる。   「セフレは全部切る。その代わり、冬馬が全部受け止めてくれるよな?」   「はあ?全部って……」   「……とりあえず、もっかいシャワー行こっか」    夏樹に手を貸されて立ち上がり、俺たちはシャワールームに移動した。お湯で身体を軽く身体を流された後、くるりと後ろを向けられる。   「壁に手ぇついて。鏡見て」   「何……っあ!!っん、おい……ッ!またするのかよ!」   「去年の終わりから、半年以上ずっと我慢してたんだぞ……一回で足りるかよ」    未だに内部がローションで湿っているそこへ、夏樹が強引に突き入ってくる。俺は縦長の鏡の両脇に手を付き、その刺激に耐えた。   「鏡見て?」    そう言われて、鏡の中の夏樹と視線を絡める。   「自分の顔、見てみ?すげーえろい顔してっから」   「あ……恥ずかしい……こんなの……」   「いいね、もっと恥ずかしがれよ」   「う、ぁ……っ!」    鏡に押し付けるようにされているのに、すぐに乱暴さにも慣れ始めていく。というより、気持ちが良くてそこまで気にならなくなっていく……という方が、正しいかも知れない。  鏡の中の俺は、当然自分では見た事がない顔をしていて、恥ずかしさに何度喘いだか分からない。そんな俺の姿に、夏樹も興奮していたように思う。    結局次の日も、俺達は一日中ベッドにいた。部長が部屋から出てこない俺たちの様子を見に来たが、俺が雨に濡れて体調を崩したと言い訳された。  実際にとても動けるような状態ではなかったが、それは風邪でも熱でもなく夏樹の所為だ。  こいつの性欲、とんでもない。正直ナメてた。    部長への言い訳を終え、嬉々としてベッドへ戻ってくると、夏樹は再び俺を組み敷いた。この一日で蕩けきった後孔は、待ち望んだように夏樹を受け入れる。   「あ、ぁ……ッ!」   「冬馬……好きだ」   「夏樹……お、俺も……好き」    少し早まったかもしれないが……俺たちの夏はまだ始まったばかりだ。  俺は初めて経験する、好き合う相手とのセックスに溺れた。夏樹が慣れてる所為か、俺は殆ど翻弄されているだけだったが……  ベッドで相変わらず動けない俺の頬をつつきながら、夏樹がニヤニヤして言う。   「なぁ、いつかあのウェアでヤラせてくれよ」   「……それは絶対に嫌だ……」    ……やっぱり俺はかなり、早まったのかもしれない……  それでも今年の冬はいつもより、スキーを気楽に楽しめるに違い無かった。        

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