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第3話 移動の理由

師長がオリエンテーションのために大谷を連れて詰所を出ていったので、光は途中で止まっていた点滴の準備を再開した。 すると、光の隣で一緒に同じ作業をしていた先輩ナースの小泉があることを聞いてきた。 「三澄君さー、大谷君が二階に降りてきた理由知ってる?」 「いや、知らないですけど……何かやらかしたとは聞いてないんで、人間関係ですか?」 「あったり~」 まあ大体そうだろうな、とは思っていた。 大谷のいた五階病棟は急性期なので、日々のめまぐるしい業務内容についていけなかったり、先輩のキツイ言葉で心を折られた新人が辞めていくのはそう珍しいことではない。 「五階の知り合いのナースから聞いたんだけどね、大谷君、前のプリセプターの子と一悶着あったらしいよ」 「え……」 光は、大谷が自分を見たときに一瞬目が泳いでいたのを思い出した。 「と言っても大谷君に非は無かったみたいだけど。そのプリセプターがちょっと性格に問題ある子だったみたいでさ、自分がやらかしちゃったことを大谷君のせいにしたんだって」 「え……なんですかそれ、ひど」 「でも言ってることがどうもおかしいっていうか整合性がないし、そのときの記録や患者さんの話を聞いたらその子がやったってすぐに分かったみたいだけどね」 「それは良かった……」  大谷のことはまだよく知らないが、光は顔も知らないそのプリセプターに腹が立った。 「でもその子、次の日いきなり辞めちゃったんだって。それで大谷君が気にしちゃって……なんか個人的にひどいことも言われたみたい、聞いた話ではね」 「え、逆恨みすぎる……」 「でしょー。ていうかどうもそのプリセプター、大谷君に気があったみたい。だから可愛さ余って憎さ百倍、みたいな?」 「こっわ」 「だからうちでのプリセプターは三澄君になったんだろうね。男同士だしさ、そんな愛憎劇は起こんないでしょ」 「はあ……」 「あ、もしかして起こりそう? きゃっ」  いやいやないですから、と光が否定する前に、リーダーの金井に『ちょっとそこの二人、面白い話を聞かせてもらったけどそろそろお仕事しなさーい』と怒られた。 「はあい、すみませーん。三澄君、今の話は秘密だからね!」 「詰所内にいる人はみんな聞いてたと思いますけど……わかりました」  女の人は噂話が好きだなあと少し呆れつつも、理由が知れて良かったと思った。  そして光は、俯き気味で暗い目をした大谷のことを考えた。 (自衛隊のときとは環境もまったく違うだろうし、国試を突破して念願の看護師になって、でもその矢先にそんな悲惨なめに遭うなんて……気の毒というか、なんというか。イケメンだからって羨ましいばかりじゃないな……)  自分は平々凡々な容姿で良かった――と思わなくもないが、光は少しだけ複雑な気持ちになった。

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