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魔法の指先

「どうぞ、上がってください。狭いですけど」  散らかった雑誌類を手早く棚に積み上げていきながら、後ろについてきていたアダムに声を掛ける。ある程度片付けたところで、なかなかアダムが上がる気配のないことを怪訝に思い、振り返ると。 「ここが、レイの部屋なんだね。うわあ」  豪勢な部屋でも何でもない、単なるありふれたマンションの一室にも関わらず、アダムは大げさに感動していた。 「早く入ってください。玄関を閉めるので」 「あ、ごめんなさい」  アダムが脇にどいたタイミングで玄関のドアに近付き、鍵をかけると。 「……っ」  突然、予告なくアダムは鈴の体を背後から抱き締めてきた。  何を動揺しているんだ、これが目的で連れてきたんじゃないか、と言い聞かせるも、まるで壊れ物でも扱うような柔らかな抱擁に息が詰まった。 「……っ、ぁ」  首筋にそっと撫でるように口づけられ、自然と肩が跳ねる。他の男とももっとすごい触れ合いをしたことがあるにも関わらず、いつもと何か勝手が違うと思った。その証拠に、たったそれだけで既に自分の体が熱を帯び始めている。 「……っ、ん……」  体のラインをなぞるように辿られただけで、むず痒さと共にまるで媚薬でも盛られたかのように感じてきて、呼吸が乱れてくる。 「あ、の、ルノワール、せんせ……っ」 「行為の最中はアダムと呼んで」 「あだ、む、せめてベッドでっ、ひっ」  胸の尖りを指で押されて、高い声が漏れてしまう。それに満足したのか、アダムは一旦体を離すと、身を屈めて。 「わっ、え、ちょっと」  驚くことに、ごく自然に横抱きされてしまった。これが女だったら最高のシチュエーションなのだろうが、あいにく三十路の男がされても恥ずかしいだけだ。  下ろして欲しくて暴れようとするも、アダムに抱いたまま口付けられただけで抵抗する気を奪われた。 「んっ、……ふ……」  流石にアダムはキスも手慣れていた。これまで体の関係を持ってきた誰とも比較できないほど上手く、唇をぞろりと舐められただけで腰が震える。  その時、まだ舌さえ入れられていなかったことに気が付き、愕然とした。  この調子では、アダムと本当に事に及んでしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。ぐずぐずに蕩けて、彼なしではいられない体になってしまうのではないだろうか。  そんな恐ろしくも甘美な予感を抱いてしまいながらも、どうして好きではないはずの彼に触れられるだけでこうなってしまうのか分からなかった。  そうやって戸惑ううちに、いつの間にかベッドに横たえられていて、アダムに服を脱がされ始めていた。 「皺になったらいけないからね」  そう言って脱がしながらも、アダムの指先は服の中に滑り込んできて、時折乳首を掠めたり、脇腹をなぞったりしてくる。 「ぁっ、あ、やっ」  この流れでは完全に鈴は抱かれる側に違いないのだが、思い返すと抱かれる側に回ったことはなかった。こんなに乱れてしまうのもそのせいもあるかもしれないと思いつつ、自分の聞き慣れない喘ぎ声に羞恥を抑えられない。 「ん、っ……ひぁっ……ま、ってアダム、なんか、へんっ……」  ようやく全てを脱がされてしまった後、乳首を抓んで捏ねられた途端、目が眩むような快感が襲いかかってきたことに驚き慌てる。  まさか、自分はもともとこっちの方が向いていたのだろうか。だが、それにしても感じ過ぎなのではないだろうか。むしろ、感じ過ぎて怖いくらいだ。  その心境がどれほど伝わったのか分からないが、アダムは微笑んだ。 「良かった。伝わっているみたいだね。怖がらないで、全身で感じて」    伝わっているって、何を。と尋ねる余裕もないまま、両乳首を捏ねくり回されるだけで耐えられなくなり、果ててしまった。 「なに、これ。はや……っ」  息を乱しながら、自分の腹部に盛大にかかった精液を呆然と見つめる。まだ股間さえ触れられていないというのに、乳首だけでいってしまったというのか。それも、戯れのような愛撫とも言えない接触だけで。 「アダム、あんた魔法使いか?」  思わずそんな子どもじみたことを言ってしまうと、アダムはきょとんとした後、噴き出した。 「ある意味、そうなのかな?どんな物語でも、結局愛より偉大な魔法はないしね」 「愛って……」  その意味を理解する前に、アダムは伸し掛かってきて、丁寧にキスをして言った。 「今日のところはこのくらいにしておこうか。まだ時間はたっぷりあるから、これからゆっくり分かってもらうよ」  そして、引き留める間もなくアダムは部屋から出て行った。  残された鈴は、じわじわとアダムの言わんとすることを理解してきて、一人身悶えする。  つまりは、自分がいつになく感じてしまったのは、アダムの愛情というのを頭より先に身をもって理解してしまったからで。それが分かってしまうと、とんでもなく恥ずかしく、同時にくすぐったかった。 「駄目だ。冷静になるんだ、俺」    脳内に花が咲きかけるのを、首を振って消す。そうだ。いくらアダムの本気が分かったところで、喜ぶのは早い。  もしこれから、仮にアダムとの行為に体が溺れていくようなことになっても、心まで明け渡してしまうわけにはいかない。  自分でも慎重になり過ぎだと思うが、本気になれば後が怖い。だから、アダムとはあくまでも、今までと同じように体だけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。  そう言い聞かせている時点で、既にある種の予感を抱き始めていたのだが、気付かないふりをした。

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