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17のキス
戦争に疲れた18の少年が、たどり着いた桃源郷で17回目のキスをする話。
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時を戻す神様×18の少年
ひどく雨が降っていた。
生い茂る木々の中で立ち上がる俺には、恐怖という感情しかなかった。響く銃声、鳴り止まぬ悲鳴、絞り出すように弱々しく鈍くなる仲間の腕、全てが体に染み付いて離れない。
鉛のように重く、薄暗い空が辺りを覆っている。まるで体全体にまでもその重みが伝わる如く気怠い身体は、あちこちから血を流して悲鳴をあげていた。朦朧とした意識の中、生きたいという想いだけが確かにあり、震える足に鞭打ち足を進める。
ただただ、逃げたくて、苦しくて、何もかも投げ捨てたかった。こんな戦争など放り出して静かな場所でゆったりと、和やかな日々を送りたかった。俺を逃がしてくれた仲間の言葉が蘇る。
──お前だけでも生きろ!
領土拡大、資源の調達、そんな理由で始まった戦争は、各地に被害をもたらし、死者は建国史上最悪。負傷者は治療されることなく朽ちていき、兵士はもはや捨て駒同然。それでも、国のためと言うならばこの身を差し出すしかなかった。無慈悲にも赤紙招集がやってきたのは、18の誕生日を迎えた日。今から約一週間前のことだ。
浅い息を吐き、湿った泥濘む地面を走る。よろけ、倒れようともここで足を止めるわけには行かない。少しでも遅くなれば敵に追いつかれる。見つかれば殺されてしまう。頭では分かっていても身体の限界には抗えなかった。膝を降り、崩れ落ちた足にもう感覚などない。手で地を這うも、追いつかれるのは最早時間の問題だった。頬からは涙が伝わり、何度も同じことを繰り返したかのようなこの痛みは、きっとずっと残り続けるだろう。
大きな杉の木を見つけ、後ろに回り込む。背中を押し当て、一呼吸置くと、生温い温度が体を巡る。それでも、雨で体が冷え、荒んだこの血は高ぶることはない。むしろ瞼が重くなってくる一方で、体ももう動かない。
気を失う直前、シャンっとどこかで鈴が鳴った。いつの日か聞いた神楽を舞う音が頭に木霊する。朝まで踊り明かした15の記憶。懐かしき日々が何故か走馬灯のように流れ、雨で歪んだ世界が次第に黒く塗り潰されていった。
次に目を覚ますと、いつの間にか雨はやんでいて、代わりに虹が出来上がっていた。こんな場所でこのような景色があるのはどこか場違いな気がするが、遠くで聞こえる爆発音に現実に引き戻される。死にたくないと思っていたはずなのに、あのまま目を瞑ったまま死にたかったと思う矛盾した自分にも気づき、舌を噛む。生きる意味ってなんだろう。生きて帰れたとしてもそこに何が残っているんだろう。
覚束無い足取りで立ち上がると、子供の駆け回るような軽い足跡が聞こえる。敵か?見つかったのか?身を潜め、足音が通り過ぎるのを待つが、それはこちらに近づいてくる。武器は敵に破壊された。こちらに勝機などない。分かっていても構えることをやめられない。
ゆっくりとした駆け足に変わり、近づく何かに冷や汗が止まらない。怖い。怖い。怖い。辺りにざわめく葉の触れ合う音、風の唸る声、鳥達の不協和音。全てが互いに増強しあって不吉な音を鳴らす。それでも、足音は止まらない。ゆっくりと、されど着実にそれは距離を詰める。
殺される、強く目を瞑り覚悟を決めた瞬間、足音は止まり、全ての音が一切やんだかのように頭の中に音が届かない。恐る恐る目を開け、縮こまった体を正すと、やはり足音はしない。呼吸音さえしない。自分の荒い息遣いだけがその場を支配していた。
木からそっと覗き込めば、そこには誰もいない。大きな溜息をつき、安堵するが、足元に自分より大きな影が見えた。顔を上げると、白装束を着た青年がいる。
「うわああああああ」
思いっきり叫び、その青年を突き飛ばす。木の裏から逃げ出し、走ろうとするが腰が抜けたのかすぐに倒れる。濡れた土が口の中に入り、嫌な感触が口の中に広がる。後ろを振り向けば顔を歪ませながら微笑む端正な顔。
「大丈夫?」
敵に声をかけるには優しすぎる抑揚。差し出された手を恐る恐る取れば、血に濡れた手に温かい温度が広がる。本能がこの人は敵じゃないと耳元で語りかけてくる。
「こっちきて」
引かれる大きな手を追いながら歩き出す。透き通る白い髪に碧紫色の瞳。右頬には大きく「16」と書かれていて、その文字から時折火花が散っている。赤や青など、様々な色たちが踊りあっては手を離す。幻想的な風景は、とてもじゃないが人間に思えない。それでもどこか軽い身体は、なにかに引かれるように彼を追いかけた。
着いた場所は古い朽ちかけた祠のある森の奥。紫の立浪草が生い茂るそこは、俺の住んでいた場所に似ていた。花の名を知っていたのも、近くに生えていたからだ。瑞々しい姿は俺のとこよりも鮮やかな豊かさをもち、生命の輝きを放つが如く美しい。
「座って」
言霊が込められているみたいに体が勝手に動く。まるで何度も反復演習を行ったみたいに、操られるように。
どこから出したのか、湯気の立つお茶が差し出される。燃料をつぎ足された戦車のように、体が回り出すのが分かった。
「誰··········?」
掠れた声で問えば、「朝露」と一言返事が帰ってくる。寂しそうで、何故か泣きそうな朝露に、酷く胸を締め付けられて不思議な気分だった。それから俺の名前を言う前に、彼は立ち上がりどこかに行ってしまう。湿った風が髪をたなびかせた。
「戦争起きてるんでしょ」
戻ってきた彼は薄い石版のようなものを持っていて俺に渡す。
何かが書かれてある。
「舞う蝶儚く散り踊れ、戻りし日々我のみぞ知る」
「読めるの?」
「不思議と」
文字など習ったことはない。それでも、何故か読むことが出来た。震える文字で書かれたそれをなぞれば、手についた血が赤く汚す。自分の血じゃない、これは俺が殺した人の血。
「汚してごめんな」
触れていいものじゃない純粋すぎる白の石版。汚れた血からじわじわと黒い染みが広がったような気がした。朝露は「別にいい」と言うが罪悪感でいっぱいだった。
「この文字僕が書いたんだ」
なぜと問えば、何も返されない。何を考えているかよく分からない朝露は、石版を返そうとしても、受け取ってはくれなかった。
「あんた、死にたいの?」
「え?」
「ここは、そんな人しか来れないから」
そんなことはないと言おうとしたのに、声が出なかった。
「この場所で嘘はつけないよ」
その一言で自身の本心を知る。生かされてもなお、死にたいと思っている自分に。俯いて下を見れば、雨のせいか水たまりが出来ている。反射された表面には醜い俺の顔が映り、暫くしてその上に波紋が広がっていった。
涙が溢れていることに気づいたのは、朝露が背中を撫でてくれていた時。久しぶりに感じた肌の温もりに、気づけばポロリと本音を漏らしていた。
「まだ響いてるんだ。繰り返し繰り返し何度でも。仲間の声と俺が殺した人達の」
初めて人を殺した記憶。
戦う気力のない兵士を剣で差した感触。
助けを乞う親子の首をはねた。
俺の代わりに殺される幼馴染の断末魔。
「それでも、だんだん慣れてくる。同じことばかり繰り返していると、気持ちが薄れていくんだ。自分が化け物のように思えてきて、それでも、殺されたくないとは思ってて」
生きたいと願って、死にたいとも祈る。もう、分からないんだ。自分のことも、何がしたいのかも。それでも、胸が痛いと感じるのは、繰り返される場面がいつも少しづつ違うから。知らない場面を知れば知るほど刀で引き裂かれるような痛みを伴う。
「幸せのまま死にたい?」
こくんと頷けば、小さな鈴の音がシャンっと鳴る。
「この音、朝露から?」
「そうだよ、君の願いを聞き入れた」
願い?朝露は俺を殺してくれるのか。
「すごく綺麗だな」
心からそう思った。がったがたの窪地に染み渡る水のように、平になるため動くそれは、安心と、温かさを含んで。
「やっぱり同じことを言うんだね」
「え?」
「いや、こっちの話さ」
寂しそうな、嬉しそうな複雑な表情を見せたが、すぐに微笑んだ。そして頬の数字が線香花火のように一瞬で消えると、あたりが少し暗くなる。
「あれ、顔が」
「君で願いを叶えた17人目。大丈夫、もうすぐ17と上書きされるから」
「朝露は、神様なのか」
「君がいた杉の木あったでしょ?御神木なんだ、僕のね」
やっぱり神様なのか。だって朝露はこんなにも俺に気持ちをくれる。忘れかけていた温もりを。
「朝露になら、殺されてもいい」
生きていて18年。親に捨てられ、孤児院で育てられた。唯一の幼馴染もそこで育ち、彼すら昨日死んだ。俺は、大切な人の命を背負って生きられるほど強くない。
初めての距離、初めての温もり。全てが体中に駆け巡る。何も無くなった空っぽの箱に、沢山の花が詰め込まれているような。
「17回も同じこと言われる身にもなってほしいよ」
憂いを帯びた表情に苦笑いすれば、顔を顰められる。神とはいえど、人を殺すことは辛いものなのだろうか。神の中の人間の存在は、それほど大きいものなのか。
「その代わり、僕にも見返りが欲しいね。力使うのしんどいし」
「いいけど、俺何も持ってない」
「あぁ、十分だよ。生気くれればいいから」
そう言い、朝露は、俺の首に唇を這わせる。
「あ、朝露?」
「大丈夫、気持ちいいから」
軽く噛まれて小さく体が震える。知らない感覚が体に刻まれる。
「俺、初めてだから、その、えっと」
熱く感じる舌に今から何をするかなど聞く野暮な俺でもない。その先の行為など分かりきっている。幼馴染が、男としているのを見たことがあったから。
「優しくするよ」
ボタンがひとつずつ取られる度、彼の後ろに弧を描く虹が、鮮やかな広がりを見せた。
服を脱がされ、後孔に指を入れられ掻き回されてからどれほど時間が経っただろう。明るかった当たりは、すっかり暗くなってしまって虹も消え、朝露の顔しか見えなくなった。
「や、ぁ......っ、あ、もう、い、むり......っ」
森で響くのは俺の喘ぎ声のみ。ぐりぐりと奥を抉られ、太い異物感が中で前後に動く。さっきから俺ばかりがイッて、朝露は慣れた手つきで1度も達していない。
「あさ、つゆ......っ、やだぁ、もう、ゆるし、んあ......っ」
ある1点を定め、突いてくるそこは、腰が浮き上がってしまうぐらい感じてしまう場所だった。痛みを感じさせない彼は、前髪を書き上げながら汗を俺の頬に落とす。泣いてばかりの俺は、頭を撫でられて子供みたいに縋っていた。
「この蕩けた顔、可愛いなぁ」
楽しそうに笑って腰を動かし続ける朝露の首に手を回し、体を起こしてもらう。引っ付いた体から突起と突起が擦れ合い、「ひぁ...っ」と過敏に反応してしまう。それから桃色の膨らみを舌でなぞり吸う。自分のものとは思えない高い嬌声を出し仰け反った。
「もっと欲しい?」
「あ、や、いや、むり、い......ひぃっ」
いやいやと首を振る俺に向かって、深く朝露は差し込んだ。体に力が入らず任せきりだから、逃げたくても逃げれない。深い抜き差しが次第に早くなり、大きく主張した性器をゆるゆると擦られ何度目かの熱を放つ。同時に朝露もイッたことでやっと終わったと安堵するが、すっかり薄くなった白濁は、腹の上でぐちゃぐちゃに入り交じっている。彼の顔を見れば、紫の瞳が色濃く輝きを持って月明かりとともに、真っ直ぐな髪を照らす。
「まだ、もう1回」
「う、嘘......うあっ、んうっ」
ぱちゅっと音がして、さっきより滑りのいい敏感な内部で律動が開始される。朝露のはさっきより大きく固く盛り上がっていて、疲れきった俺の至る所を食い尽くす。
「あああ......っ、やっやっ、やぁっ」
腕にしがみつき、律動に耐える。また達した俺に構わず、狭くなる後孔で楽しそうに動き回っている朝露は一体どうなっているんだろう。底なしの体力は神様だからなのか。
それでも、満たされているのは確かだった。繋いた手から伝わる温もりが、苦しいくらい優しいから。
「あ、さつゆ、あり、がと......」
初めて会った時みたいな歪んだ顔をしてさらに律動を早める。もう掠れてほとんど声が出ないけど、その挿入で彼も2度目の絶頂を迎えた。
パタリとこちらに倒れ込んで、肩の上に顔を置かれる。それから何も話さない彼に少し心配になる。
「......朝露?」
「......っ」
何故か泣きそうな朝露の肩は、震えていて俺より大きいはずなのに小さく見えた。さっきまで俺を気にもせず勝手して、強気で、それでいて悲しいくらいに脆く弱々しい朝露。消えてしまいそうな儚さは、このままどこかに行ってしまいそうだった。神様だから、元より俺とは全く違うのだけれど、それでも、愛しさが、膨らむ気持ちは、抑えられないほど大きく溢れた。
「久しぶりに心から生きたいって思ったなぁ......すごい幸せだった、今までで1番」
朝露への気持ちに気づいたのと同時に、どうやったら死ぬのかも分かってしまった。彼も多分、迷っていた。あれだけ俺を好き勝手しておいてまだ1度もキスをしていない。きっとこれを交わせば俺は死ぬからだ。
「朝露、こっち向いて」
そう問えば、嫌だと首を振る。俺だって嫌だが、このままじゃ多分、死ぬ。だってもう体が動かない。疲れたとかそんなのではなくて、指先ひとつ動かせない。朝露といれば生気が奪われていく、あの行為でそれを更に早めてしまった。
背中にそっと腕が回される。俺も抱きしめたかったけど、動かなかった。
「嘘なんだ。俺には願いを叶える力なんてない」
「……そっか」
泣きながらそう訴える朝露に、俺は大丈夫だからと、背中を撫でてやりたい。手すら上がらない。もう口しか開かないのだ。
「嘘ついてごめん」
そう言ってはまた泣くもんだから、こっちも毒気が抜ける。
「この場所は嘘がつけないんじゃなかった?悪いやつ」
少しおどけて不器用な笑顔を見せると、朝露は少し目を見開いて宝石みたいな雫を下に落とした。なんて綺麗なんだろう。
不思議と腹は立たなかった。朝露になら殺されてもいいと、そう思ったのは本心なのだから。
「キスしたら、どうなるんだ」
「どうなると思う?」
質問に質問を返され、俺は力なく笑う。どうやってもキスをさせてくれないらしい。
「朝露、俺の願い聞いてくれる?」
「うん」
「朝露とキスがしたい」
艶やかな唇が、小さく震える。朝露の後ろに映える月の明かりが、細やかな雫と反射する。
「泣かないで」
最後の力を振り絞って、朝露の顔に自分のそれを近づける。全身がだるい。身体中に重石をつけているみたいだ。朝露は、なんだか懐かしい香りがする。きっと神様だから、いつも俺たちを見守っているんだろう。だから多分、そんな懐かしさ。だけどもしかしたら、神様ってのも嘘かもしれない、なんて。
「ありがとう」
緩く口付けをすると、身体中から力が抜けていった。全身麻痺を起こしたかのように、自分の意思じゃもう手の関節すら動かせない。もはや感覚すらない。脱力感と虚無感でなにをする気にもなれない。それでも、まだ何となく時間があると思った。でもそれは声に出なかった。
この限られたあと少しの時間を、朝露と過ごしたい。ただそれだけだった。
「見てて」
安定しないぼやけた視界が、少し上に上がる。朝露は俺の体を持ち上げて、立浪草の群生に優しく横たわらせた。
軽やかな足取りが遠ざかっていく。行くなと、そんな言葉が溢れそうになる。
シャンっと鈴の音が鳴った。いつの間にか両手に神楽鈴を握っている。朝露が神楽を舞い始める。キラキラとした粉のようなものが、朝露を取り巻きながら空気の音を揺らす。
綺麗だった。ガラスのような白い髪が、色とりどりに変わっていく。消えた頬の数字が16から17へと彩られていく。火花が散る。シャンっと音が鳴っては、また景色が変わった。
「この景色見たことがある」
15の夏。幼馴染と一緒に、神隠しがあるのだと、そんな噂を聞いて森へ入った。孤児院を抜け出して、朝帰りをしてもの凄く怒られたんだった。森で小さな男の子と出会った。5歳くらいの子で。純粋で可愛くて、立浪草のような瞳を光らせて、花が綻ぶような笑顔で俺たちに言った。
「一緒に踊ろう」
朝露の声と脳内の少年の声が被る。パチパチと火花を散らしながら、大きな青年が近づいてくる。
「……もう、動けないや」
だんだん瞼が重くなって、眠くなる。喋るのすら億劫で、もう朝露がどんな顔をしているのかすら分からない。
「また、会おうね」
シャンっと音が鳴る。感覚のないはずの指先で、パチッと火花が散った気がした。
響き渡る銃声、友人に生かされた俺は森をかける。乾いた発砲音が鼓膜を焦がして焼き尽くす。なにも聞きたくない。
酷い雨が降っていて、身体中から血が流れている。腕が1本ない。戦争で奪われたのだ。全身で血が足りないと訴えていた。もう半分ほど意識はなかった。
シャンっと音が鳴る。何かの足音が近づいてくる。敵かもしれない。でも、動けない。動かない。
大きな杉の木にもたれかかる。死にそうな体が必死に生きたがっている。目を閉じようとした。そんな時、誰かに手を取られる。
手元には武器もない、片手しか動かない。敵だったら結局死ぬしかないのに。雨の中目を開けるのが億劫で、それでも生きたい一心で目を開けた。17という数字が頬に描かれた青年。
「大丈夫?」
人間離れした白い肌に、傷一つない艶やかな手。どこか懐かしい瞳に、汚れた俺は映る。
「誰……?」
酷く掠れた声でそう問えば、その青年は寂しそうに笑った。
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