80 / 82

第80話 名前*

 変な顔したり、絶叫してしまう自信がある。  口をどうにか塞ごうとすれば、シーツに両手を縫い止められてしまった。  恋人繋ぎみたいに指の間にしっかりと指を入れられて押さえられると、ビスで固定されてしまったみたいに全く動けない。  一際大きくグラインドされた時には、快感が脳天まで突き抜けて本当に焦った。 「だめっ……変になる……っ」 「店長が、めちゃくちゃにしていいって、言ったんだよ?」 「ん、ん……手、はなして……っ」 「やだ。俺に抱かれてる店長を、ずっと見ていたい」  枕の上で、少しでも顔を見られないようにと横を向いて目をぎゅっと瞑るが、それでも森下くんの視線は痛いほどに突き刺さる。  もういやだ。こんなの聞いてない。乱暴にされることで余計に興奮しているのは自分でも気づいているが、せめて口元だけでも覆いたかった。  どこもかしこも擦り上げられて、僕は鈴口からトプトプと甘い蜜を垂らす。 「ん──……」  動きを少し早くされて、僕は身悶える。森下くんが手を力強く握り直してきた。息を荒くさせた音を聴いて、絶頂が近いのだなと知る。 「……さん」  揺れるベッドの音と僕のしゃくりあげる声の隙間に、森下くんの声がわずかに入り込んだ気がして、瞼を持ち上げた。 「と、さん……、ひさと、さんっ」  あ、と僕は息をのんだ。  初めて、かもしれない。  森下くんが僕の名前を呼んだの。 「央登(ひさと)さん……ッ、央登さんっ」 「……うん……っ」  名前を呼ばれただけなのに、どうしてか熱い雫がこめかみを伝った。  僕が僕である証明。僕はずっと、自分じゃない誰かになろうとしていた。でも僕は、こうして本当の自分を愛してくれる人に出会えた。ずっと会いたかった。僕という存在を許してくれる人に。  ずるいですよ、こんな時に僕の名前呼んで。  また、新たな喜びを知ってしまったじゃないか。  体の奥に熱い(ほとばし)りを感じたのと同時に、耳元で「愛してる」と囁かれた僕は言うまでもなく、体も心もとろとろに蕩けたのだった。

ともだちにシェアしよう!