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第82話 ただ、そばにいさせて。【終】
「もしかして、ずっと俺を見てるのってこの人かなって、ちょっと気になるようになっちゃった。だから俺、あの時店長を誘ったんだ」
ということは、森下くんは僕にほだされた、という言い方をしてもいいのだろうか。
僕に好かれて嬉しい人なんていないと思っていた。
誰かと幸せになるなんて、夢の話だと思っていた。
また胸がきゅっとなって、僕は勢いに任せて頼み込んだ。
「店長じゃなくて、名前で呼んで欲しいです。恋人、だし」
「……店長」
じゃなかった、と自分にツッコミながら、森下くんは僕の首の後ろに手を回して、啄ばむみたいにキスをした。
「ひさとさん」
「……はい」
「俺だけの央登さん」
「……」
「俺のことも、名前で呼んでみてよ」
「えっ」
「もしかして俺の名前知らない?」
君はLINEにフルネームで登録してるんだから、僕が知らないわけないだろ、とツッコミたくなるけど。
やっぱりずるいなと思ってしまう。僕よりも先に、君は僕の名前を知っていただなんて。
言い渋っているうちに、前髪を割られて、額にもキスを落とされた。
メガネがずれるけど、それは直さずにぬくもりをひたすら感じる。
「早く、俺の名前呼んでよ。じゃないと今日もこの家に泊めるよ? 明日早番だから、早めに帰るんでしょ?」
そうだ。着替えがないし、今日はなんとしてでも家に帰らないと。明日の朝、ここから出勤だなんて出来ない。着替えはないし……まぁ、店で服を社販するっていうのもありといえばありで……。
「時間切れ。今日もここに泊まってね」
「いや、それは困ります。帰りますよ絶対に」
だが僕の足は立ち上がろうとしない。
心が叫んでいるのだ。森下くんと、まだまだ一緒にいたい。今日だけじゃなくてこの先も、ずっとずっとそばにいさせてほしい。
『拓真 』と名前を呼べたのはその日の夜、森下くんの寝顔を確認してからのことだった。
誰よりも一番近くで、君の笑顔を見ていたいのです。
それがきっと、僕の一番のしあわせですから。
*Fin*
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