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花の競演

「アザミさん」    正座をして三つ指をついたマツバがそう口にした途端、露骨なため息を吐かれた。 「まったく……その名前で呼ぶんじゃないと言っているのに……学習しない頭だね、マツバ」    嫌味交じりの言葉に、マツバは素直に頭を下げる。 「す、すみません……つい癖で」  首を竦めて頭を下げた男娼の、あまりの純真さにアザミは白旗を上げて足を組み替えた。 「もういいよ。二人のときは特別にそう呼ばせてあげる」 「あ、ありがとうございます!」 「それで?」 「え?」 「いつまでもそこで正座なんかされてると、僕がおまえを虐めてるみたいに見えるから、さっさと用件を言ってほしいんだけど?」  最近また伸ばしている髪を、気だるげにかきあげながらそう問うと、マツバがガバっと頭を下げて本題を口にした。 「アザミさんは、その……西園寺さまと、その……し、しました、よね?」 「したってなにを?」  意地悪く問い返すと、マツバのうなじが赤く染まる。男娼なんて仕事をしているくせに、初心な子である。  クスリと笑いを漏らしたアザミは、 「それが僕たちの仕事だろう? いまさら苦情を言うんじゃないよ」  と、マツバを諫めた。  アザミだって、マツバの情人と寝たくて寝たわけではない。  それが仕事だからだ。  アザミたちは淫花廓の男娼で……誰が相手だろうが満足させるのが仕事だった。  伏せていた顔を少しだけ上げたマツバが、違うんです、と首を横に振る。 「く、苦情とかではなくて……その……西園寺さまにご満足いただける性技を、僕に教えていただけないでしょうかっ」  一息に、そう告げて。  マツバがまた深々と頭を下げた。  アザミは一瞬呆気にとられて、後輩男娼のその後頭部を見下ろしたのだった。    ***  マツバは相談室の隣の、般若の部屋へと連れ込まれ、ベッドに押し倒されていた。  最近は能面に隠れていることの多いアザミの、そのうつくしい顔が、マツバの下腹部に埋まっている。  マツバは、ああ、と熱い吐息を漏らした。  性技を教えてほしいと頭を下げたマツバに、アザミは小首を傾げ、 「心配しなくても、今のままでいいと思っているから、西園寺さまはおまえを指名するんじゃないのかい?」  と問うてきた。    床に正座をしたマツバは、ソファに座るアザミを見上げ、静かに首を横に振る。 「いいえ。そ、その……いつも、僕が西園寺さまに翻弄されるばかりで……僕も、西園寺さまを悦ばせたいのです。口のご奉仕は、つ、つたない、と言われてしまうこともあって……」    恥を忍んでそう告げたマツバに、アザミがなぜか薄笑いを浮かべた。 「つたない方が、あのひとはお好きだと思うけれど?」 「で、でも僕は……僕でご満足いただきたいんです!」  ぐっとこぶしを握って声高に宣言したマツバのすぐ正面まで、ソファから腰を上げたアザミが歩み寄って来る。  手入れの行き届いた指先が、くい、とマツバの顎を持ち上げた。 「僕は残念ながら、西園寺さまのお気には召さなかったから、参考にはならないと思うよ?」 「そ、そんなはずありません! アザミさんは、どんなお客様でも骨抜きにするって……アザミさんを見習いなさいって、僕、(おきな)に何度もそう言われましたから」  見習い時代を思い出してそう語ったマツバへと、アザミがふふ……と甘い笑みを浮かべて、マツバをひらりと手招いた。 「そんなに言うなら、おいで」  ひらり、と白い手が揺れて。  彼に誘われるままに、隣室へと入ったマツバだったが……。  これは少し、予想外だ。  アザミが口淫の仕方を教えると言って、マツバの陰茎を舐めようとしているのである。 「あ、アザミさんっ!」  うろたえたマツバがアザミの頭を押しのけようとすると、うるさそうに首を振られ、手を払われた。 「教えてほしいって言ったのはおまえだろう? いいかい、西園寺さまのをしゃぶるときは、ココを攻めるんだよ」  アザミの指が、マツバの性器の裏側をくすぐるように撫で、くびれの部分に絡んだ。 「う、うそ……」  まさか、本当に……? と思っている間に、アザミの赤い唇に、マツバのそれが咥えられる。  アザミの口淫は……なんというか、すごかった。  口の中がどうなっているのかわからない。  舌も……三つぐらいあるのではないかと思うほどに縦横無尽に責め立てられて、マツバはもう喘ぐことしかできなかった。 「ああっ、あっ、も、もうっ、出てしまいますっ」  首を振りながら乱れるマツバをチラと見上げて、アザミが機嫌のよいネコのように目を細める。 「ここ」  亀頭部分を口に含んだまま、アザミが喋った。 「ここをこうやって弄ると……」 「ああっ、ひっ、ひぃっ」  くびれの裏をねとねとと舐められ、体が跳ねる。 「で、出るっ、あっ、イくっ、イくぅっ」  じゅるっと強く吸われた瞬間、マツバはアザミの口へと白濁を放ってしまった。  それを躊躇なく飲み干して。  アザミがねっとりと嘗め回した陰茎からようやく唇を離した。    と、思ったのに。  今度はてのひらで、達したばかりの敏感な先端をこねまわし始める。 「あっ、だ、だめっ、だめですっ、あっ、あぅっ」  アザミの手から逃れようと腰をのた打たせたが、ちからが入らないためろくな抵抗になっていない。 「う、うそっ、だめっ、あ、アザミさんっ、あっ、あっ、あっ」  おかしな感覚が、どんどんとこみ上げてくる。 「あーっ! だめっ、だめっ! ああっ、あっ、くるっ、なにか、きちゃうっ!」  顔を真っ赤にして喘ぐマツバを、アザミが淫靡な手つきで容赦なく追い立てた。 「ひぃっ、あ、も、漏れるっ、あ、あああああっ」  ぷしゃああああ、と、透明な液体が鈴口から飛び出た。  それが止まったかと思うと、アザミがまた先端をくちゅくちゅと捏ねて、手を離す。  するとまた、そこからは液体がぷしゃあと漏れた。  それを、二度、三度と繰り返され……なにも出なくなった段で、アザミがようやくマツバの性器を解放してくれた。  マツバはぐったりとベッドに横たわり、忘我に身を浸した。  視界の端に、濡れた手をペロリと舐めるアザミの姿が映る。 「……も、もうしわけ、ありません……」  息も絶え絶えになりながら、マツバはなんとかその言葉だけを口にした。  アザミが小首を傾げ、それから得心したように笑った。 「ああ、もしかしてお漏らししたとでも思ってるのかい? これは潮だよ。気持ち良かっただろう?」 「……ぼ、僕には、刺激が強すぎました……」 「ふふ……。おまえもあんなふうにご奉仕したら、西園寺さまを翻弄することだってできるし、潮を吹かせることだってできるよ」 「僕に……できるでしょうか?」  マツバの問いに、アザミが軽く髪をかき上げて。  寝転ぶマツバに覆いかぶさるような体制になった。    しゅるり、と着物の帯をほどいて。  アザミが前をはだける。  白く滑らかな肌が、あらわになって、マツバはなんとなく目のやり場に困ってしまった。 「練習してみるかい? 僕で」  アザミの甘い声が、マツバを誘う。  マツバはごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るアザミの性器へ手を伸ばした……。  結局その後、アザミ付きの男衆……怪士(あやかし)の面をかぶった屈強な男が部屋に戻ってきたため、アザミの講習会はそこで終了となってしまった。    マツバが部屋を出ていく間際、アザミがマツバを呼び止めた。  振り向いたマツバは、思いのほか近くにアザミの顔があって、驚いてしまう。  アザミがマツバの耳元で、甘く囁いた。 「西園寺さまに、アザミから手習いを受けました、と言ってごらん。おまえが自分のために頑張ったのだと、きっと喜んでいただけるから」  アザミの言葉に、マツバはぱちぱちと瞬きをして、それから微笑を浮かべた。 「はい、アザミさん。ありがとうございました!」  にっこりと笑うきれいで純真な男娼へと、するりと手を伸ばして。  アザミは彼の唇へと、ちゅっと口づけた。  マツバが驚いたようにただでさえ大きな瞳を丸くする。 「頑張っておいで、マツバ」  こみ上げる可笑しさをかみ殺して、アザミはマツバへと、そうエールを送ったのだった。 「意地悪ですね」  マツバが去り、部屋の扉が閉まるのと同じタイミングで、怪士の低い声がぼそりと呟いた。  振り向くと、面を外した男らしい顔が、複雑そうな渋面になっている。  アザミは笑いを漏らして、怪士の逞しい腕に腕を絡めた。 「ふふ……それは僕のことかな?」  他に該当者などはいないくせに、わざとらしくそう問うと、男の目があらぬ方に逸らされた。これは……拗ねているのか。マツバとの戯れなど、ものの数にも入らぬというのに。 「自分以外の人間から教わったなどと、わざわざ口にしては、マツバさまが不況を買うだけです」 「焼きもちを焼かせて自分に夢中にさせるのも、男娼の手管のひとつなんだよ」  大きな男のてのひらに、指を絡めて。  アザミは持ち上げた男のそれを、乱れている着物の襟もとから忍ばせた。  立ち上がった胸の粒を、怪士の手に押し付ける。  じん……ともどかしいような快感が広がり、アザミは熱い吐息を零した。 「怪士。マツバに中途半端に煽られて、つらい。慰めてくれないか?」 「……俺に、嫉妬させようとしてますね?」 「ふふ……僕が手ほどきをするなんて、ただの仕事だろう?」 「仕事なら、焼いたりはしません。先ほどのは、仕事じゃない。相手が、マツバさまだからだ」  思いのほか強い語調で糾弾され、アザミは男から迸る激情にうっとりと目を細めた。 「あなたはマツバさまを特別に思っている。そうでなければ、この部屋に入れるはずがない」  確かにアザミは、マツバを特別に思っている。  いうなればマツバは恩人だ。アザミが一番つらかったときに、やさしくしてくれた。  そのマツバの頼みだから(揶揄う目的もあったが)、奉仕の手ほどきをしたのだった。  けれど、怪士の嫉妬が心地よくて……。  アザミは説明することを放棄した。  男のちから強い腕に、息苦しいほど抱きしめられて。  アザミは怪士に身を任せたのだった。    その後、マツバが馬鹿正直に西園寺の前で、 「西園寺さまにご満足いただけるように、実は、その……アザミさんに、ご奉仕の仕方を習ってきました」  と、恥じらいの表情で告げてしまい、散々お仕置きされたのは、また別の話である……。  END

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