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第1話 金曜の夜、21時
『午後21時、駅の改札前、噴水の前で』
それが、悠からの最後のメールだった。俺は21時の15分前に、その噴水の前に辿り着く。
事前にお互いの服装は知らせ合っている。俺は黒いシャツに赤いジャケットを羽織って、下は黒いスラックスにそこそこいいブランドの革靴を履いていた。
今年で27になる。そろそろ紳士と呼んでもらってもいい年齢かもしれない。少し垂れ目なのも昔はコンプレックスだったが、今では色気だと自認している。ワックスで固めた黒い髪はやや崩したオールバックにしていた。それなりに人気のある格好で来たつもりだ。
向こうはというと、青系のTシャツに白いブラウスシャツを羽織って、下はデニムだという。そいつはすぐに見つかった。待ち合わせの15分前だというのに、既に噴水の前に立っていたのは茶色い少しふわっとした髪の、とろんとした目の男だ。細身で、顔立ちが整っている。コレは、大当たりだ。嬉しくなって声もかける。
「悠、さん?」
すると彼のほうもびくっとして、「あ、檜山、さん?」と返した。
初めまして、と笑顔で挨拶する。
「待たせちゃったかな」
「あ、いえ、待ち合わせには早めに来てしまう性分で……今来たところですから……」
真面目そうな男だ。「ならよかった」と返して、そのままするりと彼の腰に手を回す。性急過ぎれば相手も引くが、彼は逃げなかった。それを了承の合図と受け取って、「じゃあ、会って早々だけど、行こうか」と彼を導く。彼は「あ、はい……」と、物静かに、少し恥ずかしそうに頷いた。
俺達は、セックスする為だけに知り合った。
一晩だけの関係を持つ相手を探す、便利なコミュニティが有る。もちろん、風俗に比べれば遥かに色んなリスクはあるけど、俺はそれも込みで楽しんでる。
色んな相手とするのは好きだ。毎回未知の発見がある。手慣れてる奴もいいが、これまでひた隠しにしてきた性癖を曝け出す奴もなかなか面白い。
この悠がどうなのかは、正直わからない。ただ、やりとりのメールにはこう書かれていた。
『やり方は自由になさって結構ですので、好きなように、抱いてやって下さい』
しおらしいじゃないか。こういう類はマゾが多い。特定の相手が居たとしても、ノーマルなプレイに物足りなくなったとか、そういう奴が。
事前に下調べして見つけておいた、そういうホテルに連れ込む。入ってすぐに、「シャワーを浴びます」と悠が言った。だから、それに着いて行く。
「……あ、あの、シャワーを、」
「うん、親睦を深める為にも、一緒にどうかと思って」
「あ、……」
悠は一瞬困ったような顔をして、それから頬を染めて「はい」と頷いた。
まったく、可愛らしいものだ。こういう恥じらいのある子は好きだから、可愛がってやろうと思う。
バスルームに向かうと、自分で服を脱ごうとしているから、それをじっと見ていた。すぐに視線に気付いて、恥ずかしそうにしていたけど、ノロノロと服を脱いでいく。これからもっと恥ずかしくて罪深いことをするんだ。なのにその反応が初心で愛らしい。
悠が服を脱ぐ度に、白い肌が露わになる。それなりに引き締まった体がなんとも言えずそそる。これは本当に大当たりだ、と思うと嬉しくなってきた。俺も服を脱ぎ捨てる。
彼の腰を抱いて、バスルームへ入る。シャワーを流しながら、「何処までしても大丈夫?」と尋ねる。
「え……?」
「キスはしてもいい?」
こういう関係の時、キスはしたくないと言う奴もそれなりにいたから尋ねると、「は、い」と頷いた。そうか、と彼の髪を手で掬って、そのままゆっくりと口付ける。柔らかい唇が触れ、ちゅ、と音を立ててまずは軽く。それから、次第に口内を犯すように、激しく。
舌を絡めながら、体を抱く。悠は「は、」と時折切なげに呼吸しながらも、俺のキスを受け入れた。何度も、角度を変えて、深く、浅く。舌で上顎をつつき、歯列をなぞる。抱いた悠の体から力が抜けて、次第に俺に縋り付くような形になる。
ああ、素直な体だ、可愛い。俺は早く抱きたくて、するりと彼の腰から、下へと指を伸ばし、そして彼の密やかな窄まりに指を押し入れた。
と。
「あっ、――っ」
急に夢から覚めたみたいに、悠が離れたので、俺はビックリしてしまった。さっきまで熱烈に求め合っていたのに、悠は壁まで逃げて俺から目を逸らしている。
「……悠?」
どうかしたのか。性急すぎて嫌だったのか。不安になって尋ねると、彼はしばらく視線を泳がせて、それから小さな声で漏らした。
「ご、めんなさい、……ぼ、僕、その……」
「ん」
「……は、はじめて、で、……」
その言葉に俺は目を丸くして硬直した。しかも彼が涙ぐんで泣きそうな顔をしたから、頭が真っ白になった。
俺は、処女を捕まえてしまったのか。
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