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「もうすぐ文化祭なんだ」
迷夢とも区別のつかない回想に意識が呑まれ、ほんの束の間ぼんやりしていた式は目の前にいる隹を改めて見つめた。
「雛未のクラスはダンスをやるんだと」
「え……? 雛未がダンス……?」
「センターじゃなくて端っこに埋もれてるそうだが。文化祭の見物がてら、雛未に会いに来ないか」
「……いえ、そろそろ夏休みも終わるので」
腹を満たした隹は湯呑みのお茶を一気に飲み干した。
式が注ぎ足そうとしたら「俺はもういい」と断り、座椅子の背もたれに背中を預けた。
「あんた結構食べるんだな」
「えっ? す、すみません、食べ過ぎましたか?」
「いや。少食なのかと思っていたから意外だった。餌付けのし甲斐がある」
「……」
食べるスピードはゆっくりめだが、次々と与えられる料理を残さず綺麗に食していた式は、頬を紅潮させつつ眉間に縦皺を寄せた。
「アパートまで送ってやる」
「もういいです、気持ちだけで」
「帰り道わかるのか」
「スマホで地図を見ればわかります」
「じゃあそれを見ながら俺の運転のナビをしてくれ」
結局、式は隹の車に乗せてもらった。
アパート前まで走らせるのも忍びなく、近辺で降ろしてもらおうとすれば「あんたのことだから遠慮してるんだろ、責任もってちゃんと送らせろ」と気遣いを無下にされ、アパートの真正前まで送ってもらった。
「今日はごちそうさまでした。ありがとうございました」
式に礼を言われた隹は「おやすみ」と返し、鮮やかにハンドルを切って来た道を引き返していった。
次の約束はしていない。でも、隹は絵本を返しにまた図書館へやってくる。
……隹は雛未の恋人だ。
……俺は、まだ、過去を振り切れない。
取り留めのない思いを喉奥に溜め込んで式はアパートの一階にある部屋へ帰宅した。
運転席から真っ直ぐ目を見て告げられた、何てことはない「おやすみ」という言葉が鼓膜に浸透して離れなかった。
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