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第1話

午前3時6分28秒。 時計の横でうーうー……とスマホが唸る。 目覚ましが鳴るまでは大分早く、ここで目を覚ましてしまったら負け。 そう思い、きつく目を閉じて寝返りを打った。 眠気と闘いながら課題を仕上げていたせいで、布団に潜ったのはほんの30分ほど前。 これ以上睡眠を妨害されてなるものかと枕の下にスマホを埋め、もう一度うとうとし始めたところで……。 うーうーうーうーうーうー……。 俺の頭を細かく振動させ、しつこくしつこくスマホが唸る。 気のせいだと何度も寝返りを打ったが、スマホが鳴り止むことはない。 うーうーうーうーうーうー……。 何度留守電に切り替わっても、相手が折れることはない。 仕方なく枕の下に手を伸ばし、目を開けることもなく通話ボタンを押す。 「……はい。」 苛立ちをそのまま声にのせてそれだけ言うと、通話口から妙にテンションの高い声が届いてきた。 「あ、臼井?今、何してる?」 「……寝てたに決まってんだろーが。」 欠伸をそのまま通話口に聞かせると、まったく悪びれていない「悪い」が聞こえてきた。 なんだか弾んだ声の高橋の声に、俺の苛立ちは募っていく。 「で、何の用?」 「あー……用ってわけじゃないんだけど。」 少し言いにくそうな言葉尻に、何かあるのかと大きな欠伸を噛みしめながら しょぼしょぼの目を半分だけ開けてやる。 「明日1限だから、用件あんなら早めにして?」 「いや、ええと……声が聞きたかったっていうか?」 「切っていいか?」 食い気味でそう尋ねると、高橋が慌てた様子で謝ってくる。 「こんな夜中に冗談言ってるっつーことは、飲んでんのか?」 「飲んでねえし。」 少し拗ねたような声に、頭を掻きながら秒針を睨む。 1秒でも早く寝たいのに、こんなつまらない電話に邪魔をされて 俺の怒りゲージは静かに…… しかし、確実に上がっていく。 「課題終わったか?」 高橋がトーンを落とし緊迫感のある声を出しているから、俺はこの電話の意図がようやく理解できた。 「ああ、一応な。でも、見せてくれって電話なら勘弁して?さっき終わったばっかで超眠いんだわ。」 さっさと会話を終わらせたくて矢継ぎ早にそう告げると、高橋は俺の言葉にあっさりと返す。 「え?俺も課題は終わったから、それは大丈夫。」 「は?」 「何?」 「じゃあ、まじで何の用件なの?」 半分だった目を擦りながら、ベッドの上で胡坐をかき先を促す。 「だから、お前の声が聞きたくなって。」 「……お前も寝ぼけてんのか?」 蚊の鳴くような声にため息交じりにそう返すと、高橋はなぜか黙る。 「高橋?」 「……もう、いい。」 「はあ?なに切れてんの?意味分かんねえし。」 「だから、もういいよ!」 「この時間に電話してきて、つまんねえ冗談言って逆切れって……それはないんじゃね?」 「冗談なんて言ってない。」 そうはっきりとした口調で言い切ると、今度はだんまり。 何か用事があるならさっさと言えばいいものを、歯切れの悪い高橋に頭をかきながら さっさと寝かせてくれと秒針を睨む。 午前3時21分56秒。 キレたいのは俺の方だ。 「なんか、あったのか?」 「別に。」 「彼女に振られたとか?」 「彼女なんて、いたことねえし。」 「……じゃあ、まじでなんだよ。」 俺が探りを入れてもすべて否定し、だからと言って核心は言わない。 なぜこんなつまらない夜中のクイズ大会に安眠の邪魔をされなくてはいけないのか、甚だ理解できない。 「今、窓の外見れる?」 「なんで?」 「いいから!」 高橋に促され、渋々窓の方へと移動する。 窓の向こうには雲もなく、綺麗な星空が広がっていた。 「はいはい。見たよ……。」 「見える?」 「え?」 意味が分からず聞き返しながら窓を開けると、玄関の傍によく見慣れた人影がある。 「……お前、何してんの?」 心底呆れてそう尋ねると、肩が外れそうな程ぶんぶん手を振る高橋が仰ぎ見て笑う。 「散歩!」 「お前の家からうちまで何キロあると思ってんだよ。」 「えっと……15、6キロくらい?」 9月に入ったとはいえ、窓の外はまだまだ蒸し暑い。 この暑い中、一体何時間歩いたんだろうと手を振り続ける高橋を見て、飽きれるやら感心するやら。 「今、降りるから。」 「え?」 「顔見て話す内容があんだろ?」 「ありがと。」 「おう。」 一度電話を切って階段を下りると、高橋が落ち着かない様子でこちらに手をあげ、ぎこちない笑みを見せる。 「や、やあ?」 「やあ、じゃねえよ!何時だと思ってんだ?」 気味悪い笑顔を向ける高橋の脛に、軽く蹴りをいれる。 「臼井、眠そうだな?」 「だから、寝てたし。」 「悪い。」 照れたように笑うと、並んでゆっくりと土手を歩いた。 「で、何?」 「急、なんだけど……。」 「お前はいつも急だろ?」 何を勿体ぶってるんだと先を促すと、俺の手をぱしっと掴んで足を止める。 「何?」 「す、好きなんだ。」 緊張しているのか妙にどもりながら、俺を見ることもなくそう告げる。 「ふーん。」 それだけ言って歩き出すと、高橋が急ぎ足で俺に歩幅を合わせる。 「え、何?その薄い反応。」 「何が?」 「焼肉が好きとかアイスが好きとか、そーゆーんじゃねえんだけど?」 「ああ。」 「恋愛対象として……だからな?」 「ああ。」 「で、その反応?」 妙に焦った高橋の顔が面白くて噴き出すと、微妙な顔をした高橋がちらっと俺の顔を窺う。 「何か文句でも?」 「いや、分かってんならいいんだけどさ……。」 ぶつぶつそんなことを言いながら、俺の顔をちらちらと窺う視線にため息を返す。 「……あのさ、バレてないとでも思ってるわけ?」 「え?」 「興味ないくせに俺と同じ天体サークル入ったり、毎日毎日うっざいくらいにメールと電話してきたり、天体観察について来たと思ったら隣でぐーすか寝てるし、うちに泊まったら夜中にちゅうしてくるし……。」 一気にそこまで話すと、高橋は分が悪そうに苦笑いを浮かべる。 「はは。全部バレてんだな……。」 「舌入れやがったら、腹ぱんしてやろうと思ったけど。」 「あの時の俺、グッジョブ!」 拳を握った高橋の手を叩き落とすと、なぜか嬉しそうな笑顔を向ける高橋の頭もついでに殴る。 「だから、流石に俺でも気が付くって。」 「ひ、引いた?」 「最初から引いてたら……今、出てきてねえよ。」 今日は空が一段と綺麗に輝いてるから、お前と夜空を眺めるのもいいかなって ちょっとだけ、そう思ったんだ。 「え、え?」 「今日乾燥してるし……星、見えるかな?」 「星?」 「南の西寄りには天の川が見えるはずだし……少し、歩くか。」 高橋の意見は聞かずに、明かりが少ない方に向かってさっさと足を向ける。 「眠かったんじゃねえの?」 「お前のせいで起きたし、明日1限だから寝る時間ねえよ。」 「ご、ごめん。」 「だから、お前も朝まで付き合えよ。」 「え、いいのか?」 期待を込めた眼差しでこちらを見つめてくるから、その期待を始めにおっておく。 「変なことしたら殺すからな?」 「ちゅ、ちゅうは?」 「却下。」 「ちょっとだけ、触るとかは?」 「は?」 「おっぱい揉むとかは?」 「ヤだよ。」 鼻息荒く近づいてくる高橋を足で制すると、足首を掴まれ尻もちをついた。 「お願い!先っぽだけだからっ!」 「先っぽしかついてねえよ。普通に平らだし、お前のと大して変わらねえじゃん。」 「いや、全然違うって!乳首小さめでカタチも綺麗だし。」 「捲ったのか?」 「はは。つい、な。」 「……。」 ――油断も隙もない。 「ごめんって!でも、触っても吸ってもねえよ?」 「偉そうに言うな!」 「ごめん。」 そう言って謝る高橋の頭上には、綺麗な星空が広がっていた。 「綺麗だな……。」 「うん。」 「お前、空見てねえじゃん。」 瞬きもせずに俺を凝視する高橋に、顎で空を見るように促す。 「だって、せっかく臼井との夜デートだし!」 「なんで歩いて来たんだよ?」 「え?」 「ここまで結構かかるじゃん。」 「いや、決心するまでに時間いるし、お前が電話出なかったら諦めようと思ったんだけど……。」 「あんなしつこく電話してきてよく言うわ。」 俺の返しにしょんぼりとした様子の高橋に、至極当たり前の疑問をぶつける。 「ってゆーか、明日でもよかったじゃん。」 「明日になったら決心鈍りそうだから、今したいってタイミングでしたかったっていうか……。」 「自己中。」 「よく言われる。」 苦笑いを浮かべながら、照れたように笑う。 その顔が、なんだか可愛く思えてしまった。 大好きな星空をバックにしているせいか、睡眠不足で頭がハイになっているのか それとも……。 「い、今!ちゅうした!?」 自分でも、なんでこんなことをしたのか意味が分からない。 「え、なんで?」 「綺麗な星見れたし、ご褒美的な?」 適当にそんなことを言うと、息が詰まりそうなほど抱きしめられた。 お互い汗くさいはずなのに、高橋の高すぎる体温はなぜか心地が良い。 「大好き!」 頬に何度も何度もしつこいくらいにキスをされ、その唇がくすぐったくて身体を捩ると 今度は、背中にするりと指が侵入してきた。 ――いや、そうじゃない。違う。 そう言いたいのに、唇を吸われて声が奪われた。 「ちょ、ちゅうだけ……ん。」 背骨を筋張った指でなぞられ、尻をパンを捏ねるように揉みしだかれて 初心者マークの俺には、刺激が強すぎる。 「臼井……すげえしたい。」 恍惚とした表情を浮かべた高橋が、容赦なくシャツを捲ってくる。 「だから、ちゅうだ……んんっ!んむっ!」 二の腕をパンパン叩いても、高橋は手を止めることはない。 「ちょ、ちょっと触るだけだから!いいよな?な?」 色々聞いてくる割に俺の意見は無視し、自分の肩に俺の足をぶら下げる。 シャツを胸までたくし上げると、至近距離で人の身体を凝視してきた。 男なんだから恥ずかしくはないと思いながらも、この至近距離で変態に見つめられていると思うと 流石に、身の危険を感じた。 「あ……んんっ!!」 息が乳首にかかると、なんだかむず痒くて変な声が出た。 それが恥ずかしくて口を押えると、ノーガードになった胸を舐めるように見つめてくる。 「お……おっぱい綺麗。」 なんの躊躇もなく口に含み、舌で激しく転がされる。 未知の感覚に意味が分からず、口を押えてただ耐えることしか出来なかった。 「す、吸うなって!」 「……臼井。」 ごくりと喉を鳴らすと、なぜか自らのズボンを寛げる。 その隙間に見事に勃ち上がった性器がパンツ越しに見え、思わず固まった。 俺が固まっていることをいいことに、鼻歌まじりに俺のズボンも脱がしにかかる。 「おい!脱がすな!ちょ、脱げてるって……!や、めろっ!!あっ。」 あれよあれよという間にパンツごとずるりと脱がされ、半勃ちになった性器がぶるりと顔を出す。 俺の腰が引いているのを無視し、何の迷いもなく口に含む。 今までセルフで楽しんできた経験はあったが、あまりにも生々しすぎる感覚。 初めては自分よりも小柄な女の子だと信じて疑わなかったのに、股の間には俺よりもガタイがいい男の後頭部。 じゅぼじゅぼと激しい音をたててしゃぶる姿に、萎えるどころか腰が浮く。 ――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。 頭では危険信号がうるさいくらいに響いているのに、腰を上下させて高橋の髪を掴む。 身体が弛緩して、指先に力が入らない。 充血した先端を思い切り吸われ、溜まっていた欲望を思い切り吐き出した。 肩で息を繰り返すと、満足そうな笑みを浮かべた高橋がいる。 まさか俺も同じことをしなければいけないのかとビビりながら見上げると、俺から背を向けて自分で処理をし始めた。 その背中にほっとしながらも、どこか後ろめたさも覚える。 「あ~、気持ちよかった~。」 「お前、何もされてねえじゃん。」 「臼井の飲めて、超幸せ~。」 その言葉に心底引きながら、俺はかなりまずい男に捕まったことを確信する。 「臼井。」 「何?」 「まだ、友達でいてくれる?」 先ほどの態度はどこへ行ったのか、神妙な面持ちでそう問いかけてきた。 「こんなことされて、友達でいられるわけねえだろ?」 「ごめん。」 「ちゃんと、大事にしてくれるんだろ?」 「う、うんっ!もちろん!一生愛することを誓いますっ!」 「それは重すぎ。」 しょげた頭を軽く叩くと、高橋はなぜか涙を浮かべている。 「嫌われたら、どうしようかと思った。」 「はいはい、よしよし。」 大型犬を宥めるように、乱雑に頭を撫でると…… 鼻水を啜りながら抱き付いて来た。 ガタイに似合わず身体を細かく震わせ、肩に顔を擦り付けてくる。 その心臓の高鳴りが俺にも伝染して、気持ちまでも伝染した。

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