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第7話

「やっと起きたようね。少しお水でも飲む」  工藤が目を開けるのを待ち構えていたように、串崎はゆっくりと工藤の傍へと歩み寄る。  先ほどまでと違い床に寝かされているわけではなく、寝台の上のようだった。  扱いは変わらず拘束は解かれていなかったが、拘束の仕方だけは楽な体勢になるように変えているようで、ベッドに両腕と両脚を拘束されているようである。  鎖のまちはあるようで、少しは動かすことができるようであるが大暴れはできないようにはなっている。 「……ああ……」  思い返した恥辱の数々に、、工藤が思わず眉を寄せて睨みあげると、手にしていたペットボトルにストローを刺しながら拗ねた風情で串崎は笑う。 「まあ……。そんな嫌な顔をするなら、このお水を飲ませてあげないわよ」 「……のませて、くれ」  叫び過ぎたせいか、喉は引き攣れるように痛みがあり、声はガラガラに掠れきっていて水分を欲しているので、さしもの工藤も素直に頼んだ。 「しょうがないわね。ねえ……昨夜のこと、覚えてるかしら、甲斐」  気安く名前を呼んで欲しくなかったが、生殺与奪は彼にあるのだろう。  工藤は喉まで出掛かった罵倒を飲み込んで、しぶしぶと頷いた。  恥辱に満ちた行為。普通だったら心を折られて彼に服従を誓うところなのだろう。  そう考えると、今すぐにでも腹を掻っさばいて死んでしまいたい。  そうしないのは、こんなところで犬死をするのは、真っ平だという工藤自身に残された最後の矜持だけである。 「……ああ」  ストローを差し出されて口にして吸い込みながら、ごくりと飲み込む。  この男に散々な目にあったという恨みがあったが、それを生業にしているのであれば仕方もないとも思う。 自分も散々なことをして生きているのだ、人のことだけ恨む筋合いはない。 「そんな今にも死にたそうな顔しないで」 「……死に、たくはない」  犬死にするくらいであれば、極道としての男を通して死を選びたい。  こんな情けない格好で死ぬのだけは避けたかった。 「どんな恥を晒しても?」 「…………ああ……そもそも極道なんて生きてるだけで恥だろ……」  ハッと吐き捨てるように掠れた声で工藤が言うと、串崎はどこか不思議そうに工藤を眺めた。  大抵の極道を名乗る男は、仁義だなんだとか言って極道として生きることを誇りに思っているのである。だが、工藤は恥だと言い切る。 「じゃあ、なんで極道になったの」 「親父は先代の組長で、俺は同じもんになるように育てられた……。他の選択肢なんざ、てめえにはなかった。それだけだ」  選択肢を増やす努力もしなかったがなと付け加えた工藤の言葉に、潔さと同時にどこか寂しげな風情を感じて串崎は天井を見上げた。  厄介なただの粋がった野獣かとは思ったが、意外にどこか放ってはおけないタイプの男のようだ。  どこか、この子はトラさんに似ているのかもね。 「いくらカッコつけてもその格好じゃあねえ」 「カッコなんかつけてねえ、いいからはずせ」  肩を聳やかせてチャチャを入れると、憮然とした工藤の表情にぶつかる。昨日よりも落ち着いているようではあるが、ただ疲れているだけなのかもしれない。 「だから、外すわけないでしょ。流石にこわいもの。少しはおとなしくはなったみたいだけど」 「……体力がねえだけだ」  推測したままの素直な答えに、串崎は笑うが、工藤が少し体をこわばらせてもじもじと落ち着かないように視線をさまよわせているのに気がつく。 「ねえ、甲斐。我慢してるみたいだけど、そろそろトイレにいきたいんじゃない」  起きてすぐに用を足したいというのは、よくあることである。水だけしかあげてはいないけれど、昨夜から用を足していないのだから、かなり我慢の限界なのだろう。 「てめえ……わかって言ってるのか」  小刻みに震える工藤がギッと睨みあげるのに、串崎は小さくほくそ笑む。 「そうよ。なんでも自分からいわなきゃね」 「勝手にここで漏らして、汚してもいいのか」  まるで脅しになっていない脅しだとしても、ついついそのような物言いになるのは、彼の性なのだろう。 「いいわよ。でも、アタシは片付けないわ。汚物にまみれて辛い思いをするのは、貴方よ。甲斐」  眉をあげて腕組みをして告げる串崎の顔には一切の迷いはない。もし粗相をしたとしても、串崎は言葉通りにそのまま放置するだろう。  工藤は一瞬だけ逡巡するが、耐え切れないと年貢を納めたのだろうか、肩を落として串崎に請う。 「……トイレにいかせて……くれ」 「いやよ。貴方は重いもの、運べないわ」  精一杯のぎりぎりのキモチで言った台詞でもあっさりと拒絶されて、怒りと焦りで顔を真っ赤にして唸った。

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