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第3話
西園寺の待つ蜂巣へ向かう廊下で、マツバは何度目かの溜め息を吐いた。
いつもなら心は踊り、浮き足立っているのだが今日はひどく気が重い。
同室のラナンからも顔色悪いけど大丈夫?と心配されるほどだった。
「大丈夫」と笑ってみせたものの、内心では全然大丈夫じゃなくて。
もういっそのこと仮病でも使って休んでしまいたい気分だったが、何とか重い足を引きずってここまで来たのだ。
「今日はこちらの蜂巣です」
前を歩いていた男衆が恭しく扉の前から退く。
マツバはゴクリと唾を飲んだ。
この扉の向こうに西園寺が待っている。
会いたくてたまらない人なのに、やはり今日は気が重い。
足をもぞつかせると布地が擦れ、隠した場所が余計に気になった。
今日は滅多に穿かない下着を身につけていた。
客に穿かされた、というわけではない。
自ら穿いてきたのだ。
なぜなら、先日相手をした一人の上客にアソコの毛を綺麗に剃られてしまったからだ。
つまりマツバの股間は今ツルツル状態なのだ。
元々濃い方ではないが、あるのとないのでは明らかに違う。
見た目も触り心地も。
自分でだってその感覚がわかるくらいだ。
そんな痴態を西園寺に見られたら何と言われるか…
考えるだけで恐ろしい。
マツバにとって西園寺は贔屓にしてくれるただの上客ではない。
彼は政界で人気の若手議員。
その誠実さと男ぶりの良さから好感度も高く、かれのファンも大勢いるらしい。
そんな彼がこの前マツバを身請けしたいと言ってくれたのだ。
身請けとは娼妓の抱える負債ごと客が買い取るというシステムだ。
身請けをされた娼妓は実質、買い取ってくれた客のものとなる。
好きな人から身請けの話を持ちかけられるなんて娼妓にとってはこの上ない幸せ。
マツバも未だに信じられない気持ちでいっぱいだった。
だからもし万が一、こんな情けない姿を見られて西園寺の気持ちが冷めてしまったら…と思うと足がすくんでしまうのだ。
不可抗力とはいえ、こんな姿見られたくない。
見たらきっと減滅されるに決まってるから。
「お前にはうんざりだ」冷たい口調で言われ、身請けの話もなかったことにされてしまうかもしれない。
いや、下手をするともうマツバの元へ通ってくれなくなってしまうかも…
そうなったらこの先何を生き甲斐に生きればいいかわからなくなる。
想像するだけでも、平静を保っていられる自信がなかった。
「如何されました?」
扉を前にしてなかなか動かないマツバを不審に思ったのか、男衆が声をかけてきた。
「い、いえ…大丈夫です」
ハッと我に返ったマツバは咄嗟に答える。
しかしその声色は僅かに震えていた。
しかしどんなに躊躇っても隠し通せるわけがないのはわかっているのだ。
西園寺と一緒にいて裸にならなかったためしは一度もない。
もう正直に話してしまうしかない。
正直に話して許しを請う事くらいしかマツバにはできないのだ。
願わくは西園寺様に嫌われませんように…
マツバはそっと心の中で唱えると、西園寺の待つ蜂巣の扉を開けたのだった。
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