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エピローグ

 キノコかタケノコかを巡って繰り広げられたバトルに最終決着がつく、その日。  投票は、行われなかった。  提出されたデザインが、一種類のみだったからだ。    オレと、牧野。そしてそれぞれのチームメンバーの計6名が、部長の前に直立の姿勢で立っている。  うん、と部長が頷いた。  そのしわのある口元に、満足げな笑みが浮かんでいる。 「いいじゃないか。予想以上の出来だ」  立ち上がった部長が、牧野たちキノコ組の肩をポン、ポン、ポンと叩いた。  ……そして、オレたちタケノコ組の肩も順番に、ポン、ポン、ポン。  部長が、しみじみとオレたちを見つめ、顎を撫でながら口を開いた。 「いや~。まさか、キノコとタケノコが手を組むとは思わなかったな」  ……そうなのだ。  あの日……牧野とオレが……ゴニョゴニョな関係になってしまったあの日、帰りの車の中で牧野が驚くべき提案をしてきた。  おまえのタケノコ、俺ならもっといいものにしてやれる、と。    どういう意味だ、とオレがポカンとしていると、牧野はこう続けてきた。  その代わり、俺のキノコを、おまえがなんとかしろ。  要は、一緒にデザインをやらないか、という共闘の申し出だった。  もちろんオレは、了承した。  自分たちのデザインではパンチが弱いと思っていたし、改良しなければならないことはわかっていたが、突破口が見つかっていなかったからだ。    牧野と一緒に社に戻ったことに、岡山と山口は驚きを隠せないようだったが、オレと牧野が口々にアイデアを出し合っている様を見て、この共同作業を快く受け入れてくれた。それは、牧野のチームメイトも同じだった。    キノコだタケノコだ、といういがみ合いはそこにはなかった。    お互いが、キノコとタケノコ両方が映えるようなデザインを目指して、活発に意見を交換した。    結果、牧野のキノコは派手さの中にもやさしさやぬくもりが溶けたものになり。  オレのタケノコも、やわらかなフォルムの中にも芯の通った強さのあるものに生まれ変わった。  そして、キノコとタケノコが寄り添うように置かれたそのデザインを、投票日に部長へと提出したのだった。 「うん。お互いのいいところはグッと伸びたし、足りなかったところが上手く補え合えている。いいねいいね。よし、いまからこれを上に提出してくるよ。多分、これで採用になると思うが、結果は夕方に伝える。よく頑張ったな、おまえたち」  部長のねぎらいに、全員が笑顔になった。  オレもホッと肩からちからを抜き、横目で牧野を見た。  牧野もちょうどこちらを見たようで……空中で、バチっと視線が合う。  ……と、ここ最近バタバタして、考えないようにしていたあの日のことが、頭を(よぎ)った。    牧野も同じことを考えたのだろうか……目が、のように、ギラリと光った……ように、オレには見えた。 「いや~、しかしタケちゃんがキノコチームと一緒にデザインするって言い出したときにはどうなるかと思ったけど、上手くいってよかった~」  岡山が、安堵の息とともにそう言って、オレの肩を小突いてきた。 「ほんとほんと。ライバルだったのに、よく一緒に考えようって話になったよね。でもそう言えば、なんで二人って仲良くなったの?」  山口が首をぐるりと回して筋肉をほぐしながら、他愛のない口調で問いかけてくる。 「え、な、なんでって……」 「こいつが」  オレが返答に窮すると、牧野が口を挟んできた。 「こいつが、俺のキノコのことが好きだっつーから」 「なっ! ち、違うっ! 自分のデザインをなんとかしてくれって言ってきたのはおまえの方でしょ」 「たしかに、協働は俺の提案だが、おまえが先に、そうしてほしそうな顔したんだからな」 「してないってば。なんなのおまえ。先だ後だってこないだから」 「こないだ? なんかあったの?」  オレの言葉に、山口が小首を傾げる。  オレは慌てて口を抑え、なんでもないと答えた。 「ふーん。まぁいいや。今晩はみんなで打ち上げ行こうよ。そこでタケちゃんたちの馴れ初め聞かせてもらうから」  ひらひらと手を振った山口が、岡山やキノコチームの面々と、今晩の店の打ち合わせをテキパキと始めていた。        ふとオフィス内を見渡してみると、二週間前にはきれいに割れていたキノコ派タケノコ派が、いまは元通りに混じり合っている。  オレたちが一緒に作業しているのを見て、お互いに歩み寄っていった結果だった。  相手のいいところを認めて、自分のいいところも引き出すことができれば、寄り添って調和することができる。  デザインも人間関係も同じだな、とオレはなんだかしみじみとそう思った。  不意に、するり、とオレの指に絡みついてくるものがあった。  牧野の指だった。    オレのすぐ脇に密着するように立った牧野が、お互いの体の間でつないだ手を後ろへと回し、指を組み合わせてきた。  オレたちの背後は、無人の部長のデスクで。  握った手は、他の人間からは見えないだろうけども、胸がドキドキと騒いだ。 「な、なんだよ……」  小さな声でそう問えば、牧野がひょいと眉を上げてこちらを見下ろしてきた。 「で?」 「え?」 「俺のキノコ。おまえ、好きだろう?」 「…………」  のキノコのことだろう、と考えてしまう段階で、オレは終わってる。    でも結局、どっちの意味であったとしても、答えなんてひとつしかなかった。  好きだよ。  おまえも。  おまえのデザインも。  おまえの……キノコも。  好きだよ。  けれど、素直にそう口にするのは癪で……。  オレは、牧野の手を振りほどいて、ベッと舌を出した。 「オレのタケノコが好きだって、おまえが先に言えよ」  オレのその返事に、牧野が一瞬、目を丸くして。  それから、ものすごく格好いい顔で、ククっと肩を揺らして笑ったのだった。            『ソレはキノコかタケノコか』終幕  

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