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1、劣等種の欠陥品
誰もいない暗い部屋に明かりが灯ったのは、もう日が変わろうという真夜中だった。
部屋の主である片岡裕也は、苦しそうな表情で無言のままソファに座り込み、しゅるりとネクタイを緩めた。
片岡裕也は仕事人間だった。今日も遅くまで残業をして、帰りがこんな深夜になったのだ。
歳は三十半ばだというのに、浮いた話ひとつ無く、真面目に仕事一筋に生きてきた……。
というのは、大きな間違いだ。
「はぁ……はぁ……」
片岡は息を荒くし、ネクタイを緩めた指でズボンを下げた。
すると、雄々しく勃ち上がったイチモツが、パンツを突き破りそうな勢いで隆起していたのだ。
苦しそうに見えた片岡の表情は、沸き上がる性欲をガマンしている表情だったのが、このイチモツを見ればよく分かるだろう。
パンツをも脱ぎ捨てた片岡は、ソファに腰を下ろしたまま、そそり勃つバベルの塔をゆっくりと上下にシゴき始めた。
「ふっ……はァ……」
苦悶の表情は次第に恍惚とした顔に変わり、荒くなっていた吐息に艶が混じる。
連鎖するように腕の動きも加速し、すでに限界まで張り詰めていた片岡のキカン銃は、あっけなく臨界点を突破し爆発した。
「……ぁああアァ……!」
行為の後に残されたのは、フローリングの床に飛び散ったイカ臭い白濁液と、自己嫌悪。
今日もまた発情を抑え切れなかったという事実が、片岡の心に暗い影を落としていた。
片岡裕也はオメガである。
故に、自分でもコントロールができない『発情期』を有していた。
通常、オメガという生物は、発情によってアルファと呼ばれる優れた生物を惹き付け、その中から運命の番と出会い、子を成し生きる生物だ。
発情期は、種の存続のためにオメガに備わった生物としての機能なのだ。
男でも女でも、アルファとオメガの間には子どもができる。
そこに性別の壁は存在しない。
発情期のオメガが放つフェロモンに、アルファは抗えない。
例え恋人が居ようが、伴侶が居ようが、同性愛に嫌悪を抱いていたとしても、決して抗えないのだ。
通常、ならば。
片岡は、通常のオメガと少し違っていた。
どんなに発情しても、アルファが寄ってこないのだ。
片岡の放つフェロモンがアルファに届いたことは一度も無い。
たまたまアルファが近くにいなかった訳ではない。
今日も残業中に、アルファである上司のすぐ近くで発情を始めたにも関わらず、上司がそれに気付くことは無かった。
【劣等種と呼ばれるオメガの中の欠陥品】
それが、片岡が自身に下した評価である。
オメガであること自体のコンプレックスに加え、さらに欠陥があることへのコンプレックス。
それは、片岡から性交の機会を奪い去った。故に、片岡は三十半ばになっても童貞であり処女のままだった。
片岡は性欲から目を背けるように、一心不乱に仕事に打ち込んだ。
その結果が現在の社内の評価である。
しかし、どんなに目を背けても、発情期はやってくる。
そのたびに片岡は自身を慰めた。
オカズなんて必要無い。沸き上がる性欲と、まだ見ぬ運命のアルファへの想像で事足りた。
そして、自慰が終わった後、心に残るのは決まって虚しさだけ。
「……まったく……俺はまたこんなことして……」
床に飛び散った発情の残骸をぼんやりと見ながら片岡が呟いた。
「……こんな意味の無い発情期なんか、来なけりゃいいのに……。こんな使い道しかないチンコなんか……こんな使い道の無い穴なんか……」
誰に言う訳でもなく吐かれた呪いの言葉が、冷たい部屋をさらに冷たくした。
床に放たれた白濁液が自分の姿と重なって、片岡の心は一層と重たくなっていったのであった。
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