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第1案【歩く下ネタが好きなんです?】 前編
誰にも言えないけど、誰かに言いたい。
──『俺は今、答えの見つからない問題に直面しているのだ』と。
……などと言う前置きは一度置いておいて、先ずは自分の話をしようか。
俺こと鳴戸 怜雄 は、どこにでもいる普通の社会人だ。
身長、百八十五センチ。
齢は今年で、二十三。
特筆すべき長所や特技は、特に無し。
黒髪短髪、黒縁眼鏡の下は鋭く、黒目だが三白眼と言われる目付き。
苦手なことは【愛想笑い】と【社交辞令】だが……これはするのもだし、されるのもだ。
嫌いなものは【サービス残業】で……。
……とどのつまり、俺のプロフィールは面白味もない。どこにでもいる【少し不器用な普通の社会人】だというのが、謙遜でもなんでもない事実だと分かる。そんな自己紹介だろう。
……ただ、ひとつ。
──【好きなもの】を、除いて。
* * *
今年の、四月。
俺は、今の課へ異動となった。
理由は至ってシンプルなものだ。前の課の課長がたった一言、その【理由】を教えてくれた。
──使えないから。それ以上、理由は必要無かったらしい。
この課に異動する前、俺は営業課にいた。自社の商品を他社に宣伝し、契約を結ぶというのが仕事内容だ。
単純だけれど、なかなか難しい。……そんな、仕事内容。
──単純に、俺にはそれが向いていなかった。
さっきも言ったように、俺は愛想笑いだとか社交辞令だとかができない。笑顔ひとつ作れず、相手の気分を良くするような発言すら満足にできないのだ。そんな営業マン、いて堪るか。
……いや、俺がまさにそんな営業マンだったんだが。
というわけで、俺は予定調和の如く営業課から排除された。ここまで分かり易い理由と原因があれば、俺としては当然、怒りもなにも湧いてこない。俺は課長の判断を『適当且つ妥当だ』と評価しているくらいだ。
そんなこんながあり、俺は今年の四月から新しい課に異動した。それが、今いる課だ。
仕事内容は、営業課とは真逆。自社の商品やサービスを企画し、開発すること。……それが、俺が現在所属している【企画開発課】の仕事内容だった。
別に『どうしても営業がしたかった!』というわけでもない俺は、今の課でも十分だと思っている。
元から、表立って行動するよりは裏方作業の方が向いていると自負していたし、いっそ天職なのではと考えたほどだ。
……それが、まさか。
──俺の人生を左右する異動になるとは、欠片程度も気付かずに。
「鳴戸さん、おはようございます!」
事務所に入ると、元気な挨拶が送られる。
俺より先に事務所で作業をしていた職員も、つられて挨拶をしてくれた。
「おはようございます」
企画開発課は、思っていたよりもアットホームな雰囲気だ。課の職員全員が、分け隔てなく接してくれる。絵に描いたような【居心地のいい職場環境】というやつだろう。
笑みを浮かべず、愛想というものを欠片も浮かべない俺でも、嫌な顔ひとつされないで受け入れてもらえる。『周りの目に気を配って萎縮する』なんてことが考えられないくらいには、空気が和やかだ。
──それは恐らく、この課の課長が理由だろう。
俺が自分用のデスクへ座ると同時に、事務所の扉が勢いよく開かれた。
──『バンッ!』と。その音に驚く者は居ても、関心を持つ者は一人もいない。
──誰の仕業か、分かっているからだ。
「ハーッハッハッハ! よう、クソ童貞共! 今日もしけた面晒してんじゃねーか!」
身長、百四十三センチ。
齢は今年で、三十五。
特筆すべき長所や特技が、驚くことに実はある。
茶髪は肩にかかるほど伸びていて、なんと『ピョコンと立ったアホ毛がチャームポイントだ』と、自称していた。
大きく丸い金色の瞳は、誰が見ても『可愛い』と思うような愛らしさ。
苦手なことは、人とのコミュニケーションだと思われる。
嫌いなものは……なんだろう?
……気を遣うことか?
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